形の違う手が広がる、それぞれの心みたいに。

早起きして、楽しい気持ちのまま支度を済ませて部屋を出た。

駅までの道も影を伝って歩くほど軽かった。若干の寝不足も気にならなかった。

友人に会って、過ごす。待って、買って、去って、食べて、夕方を待った。

別の友人が話しかけてくれたけれど素っ気ない返事回してしまって申し訳ない気持ちになった。また会えるから問題ないだろう。

予報が変わり、雨が降るらしい。

降らなかった。良かった。今日はとにかく良い日だった。凄く。一言で言えば一言で言えない日だった。

何日か経って、何ヶ月、何年か経ってもまだ覚えていたい青さがあった。

急に、この瞬間が終わって、それがもう永遠に来ないなんてこともあるんだと思った。感傷でもなんでもなく、現実だった。自分の現実でないけれど、実感した。

味わえるうちに味わっておかなければ、大切なものや人は簡単にいなくなってしまうんだ。縁が切れただけならまた会える。でもなくなってしまえばもう会うことさえできない。

さっきの話忘れてねとか言える間に、忘れてほしくないことをちゃんと伝えないといけないんだ。綺麗事だけど、綺麗事もたまには必要だと思った。今日くらいは綺麗でいたいと思った。

帰りの電車に乗る前、友人と別れてから、手当たり次第に、すいませんと声をかける若者がいた。学生にも見えるけれど、なんとなく大人だった。

誰もが無理して通り過ぎていく。おかしい。優しさがないというより、見えていないみたいだった。

すいませんすいません、その声が頭に響く。

脱いだジャケットを手に持ち、長い前髪を揺らしながら彷徨っていた。彼は何か抱えていて、声をかけられた人はそれに巻き込まれたくないみたいだった。とにかく異様だった。

何がおかしいのかもう分からない。しばらく遠くから眺めていたけれど怖くなって去った。

あれもこれも他人にとっては余計なことだ。でも自分にとっては大事だから書く。本当に忘れたくないことって本当にあるんだ。この日が消えなければ死ぬ気で頑張れそうな気がした。

消えるとかなくなるとか、それは死ぬってことだけじゃないし、それに限らない。死んだってまだいるし、生きていても消えてしまう。ささくれが捲れて血が出るように、日々もたまには剥がして抉れた赤を見なければならない。自分のことくらいは失わないようにそうしなければいけないと思った。

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