見せかけのアティチュードと、愚者のエチュード。

久しぶりに水辺まで行った。近くのベンチで詩を書けるほど涼しくなったんだ。雨が降りそうだったけれど、別にどうでもよかった。

帰り道なんてどうせ帰れば服を脱ぐんだから濡れたっていいんだ、というのは強がりで、本当は靴とか鞄とか財布とか時計とか、できるなら濡らしたくないし、洗うのも乾かすのも面倒だ。

持っているというのはそういうことだ。守るものというのはそういうことだ。できるけれどしたくない、そうならないために注意しておくことだ。

でも本当にそんなことどうだって良くなることはあって、そんなときにはどうしているんだろう。あまり記憶にもないから思い出せない。そういうときは意識が遠くて、ぼんやりしているんだ。

ある曲が聞きたくてアルバムで聞いていたら、どの曲も良くて大好きになった。印象なんてのはただの思い込みだからたった数分、数十分で変わってしまう。今日の気候や気持ちに嵌まったのかもしれない。都合良く、いいように捉えるのは結構得意なんだ。

昨日か一昨日か、来週の予定を入れた。いい日になればいいな。嫌なことなかったらいいな。帰り道、いい気分で電車に乗れたらそれでいい。

今日は週末の予定をいれた。節制なんてできてたまるか。遠い未来なんてくれてやるという心意気で、目の前の欲望をひとつ残らず貪っていたい。愚者でも別にいい。ブルーで不安定でも構わないから、とにかくいちばんにしてほしい。

昨夜はあまり眠れなくてとても眠いから今夜はたくさん寝たい。

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