景色の彩度が変わり、割り切れない気持ちが褪せていく。

昨夜、過去の事件の記事を読んですごく落ち込んだ。途中までしか読めなかったのに動揺が大きくて、いろんなことが怖くなった。でも頑張って寝て、今日は早起きした。

食事をして、着替えて家を出た。少し遠いけれど自転車を漕いだ。早く着いたから、公園で本を読んで時間を潰した。寒くて震えていた。

数週間前も同じ公園に行ったのだけれど、枯れ葉が落ちて梢が寂しくなっていた。すっかり冬になっていた。

以前撮った写真と見比べると、幹の色も薄くなったような気がした。空は薄くなって、全体的に褪せた印象を受けた。

犬の散歩をする人がいて、鳥が鳴いて、飛行機を眺めた。膝に置いた本が、この冷たい風に飛ばされて枯れ葉と共に土にかえることを想像した。文字だけが解けなくて浮かび上がるのも面白い。でもきっと一文字も残らないだろう。

そうしていると時間になったから公園を出た。用事を済ませてまた自転車を漕ぐ。やっぱり寒かった。

帰り道、本屋に寄った。読みたかった本はなくて、同じところを行ったり来たりぐるぐるしていた。文芸誌を眺めていると、芸人と作家特集がいくつか組まれていることに気づく。芸人数人に小説を書いてもらって巻頭特集にするなんて、それは別の雑誌でやってくれと思ったけれど、落ち着いて考えると普段読まない類の小説を読む機会になるから悪くないのかもしれない。それに立ち読みごときが言えることではなかった。

芸人だけではなくて、ミュージシャンも俳優も、小説を書く人が増えていて、人気になれば本を出せて、それが売れることも確定しているからこれまではあまり肯定できなかった。好きなバンドマンが出した本は穴が開くほど読んだのに、やっぱり他の人はなかなか許せない気持ちがあった。

でも今日ちらっと見た雑誌で、彼らは想像以上に小説を読んでいて、本が好きなことを知った。それから、全く読まないし、好きでもないのに、売れるから書く人が許せないと気づいた。

成功の秘訣みたいな自己啓発本を簡単に出しても、それはつまらない文章とありきたりな感性でそれっぽく組み立てているだけでただ退屈なだけだ。

腹が立つことも理解できないことも、ちゃんと細かく分けて丁寧に知っていけば、案外解消できる気持ちなのかもしれない。それでもふるいに残った大きな苛立ちは、別の感性だと割り切って干渉しなければいいのだ。分かっているのにそう簡単に割り切れないな。

帰りがけ、雑誌を広げて、次回号か広告のメモをとっているおじいさんがいて少し微笑ましかった。


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