鬼ごっこでは逃げ切れたことがないけれど。
今日は午前中に起きた。友人からの連絡を返し、予定が出来た。
それから食事をして、ぼんやり過ごした。ギターを弾いたり、音楽を聴いたりしていた。友人はやりたいことを見つけ、少しだけ始めてみたと言っていた。
自分もその勢いに乗って、買いっぱなしだった機材を取り出してみた。パソコンに繋げてソフトをダウンロードしたり、設定方法を調べたりした。でもほとんど英語だし、慣れない言葉ばかりだから難しくて夕方には気持ちが切れた。
でも数時間は集中して取り掛かれた。これを続ければ、仕組みも理解できるようになるのかもしれない。
もっと滑らかに慣れた手つきで使いこなせたら楽しいだろうと思った。
パソコンを開いたついでに、重たいデータの移行なども済ませた。やろうやろうとずっと思っていたけど、すぐ終わるはずだからと後回しにしていた。
今日はいつもどおりいかなくて、なかなか出来なかった。でも調べながら進めてみると、いつもより単純だった。
いろんな方法が分かれば効率も良くなるし、楽になる。効率の良さを求めるのは、楽をするためだと過去に聞いた。楽をするのは怠惰ではない。空いた時間に別のことができるし、手間がかかることをやる時間にも充てられる。
たくさんある枝の先を覚えられずに何もなかったと嘆くより、太い幹を学んで様々なことに繋げられる方がよっぽど賢い。
だんだん部屋の中が暗くなってきた。
急に連絡が取れなくなった人のことは何も知らないままだけど、もしかしたら知っている人かもしれないと思った。最近は気持ちが沈みがちだから久しぶりにその人に会いたいと思っていた。明日はその人に会うから楽しみだ。
嫌なことからはとことん逃げていい、振り向かずに逃げろと言っている人がいて、その言葉がすっと受け入れられた。
自分はだいたい、来ない返事のことをずっと気にするだろう。でもどうせいつか終わるんだと強気に考えれば、少し楽になった。
嫌いな人や嫌なことや心をきゅっとさせる時間なんて逃げられるだけ逃げればいい気がした。駄目になればどうとでもなってやるから、そのくらいの柔らかさくらい許してほしい。
好きな人や楽しいことや心をぎゅっとさせる時間が傷つけられそうになった時にだけ立ち向かえればそれで良い、たしかにそうだと思った。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?