Diamond Bossa -Works of Cornelius 009-
1993年9月1日、シングル『太陽は僕の敵(The Sun Is My Enemy)』でCorneliusはデビューを果たした。つづいて今回取り上げるのは、そのデビュー・シングルのカップリング曲である。
Brazilian Jazz
同時代のUKシーンの動きに敏感だった小山田が、この頃にとくに関心を持っていた音のひとつがアシッド・ジャズである。デビューに先立ちMo' Music名義で発表した「Into Somethin'」も、アシッド・ジャズの文脈で作られた曲だった。
Corneliusの最初の方針は、"そのとき興味のある音を、バラバラでも取捨選択せず素直に形にする"ということではあったが、その中においてアシッド・ジャズは最も太い軸であり、初期の多くの楽曲で取り入れられていくことになる。
アシッド・ジャズには、ジャズの要素を持ちつつもダンサブルな曲として、ファンクやソウルのほか、サンバやサルサなどのテイストを用いたラテン・ジャズの楽曲も含まれる。
UKのDJの間では、なかでもブラジル音楽の人気が高かったという。たしかに、ブラジル発のサンバのリズムには、ファンクとはまた違った躍動感があり、フロアを一体にして盛り上げる強度もあると思う。
アシッド・ジャズを代表するバンドのひとつであるIncognitoのリーダー、ブルーイによれば、UKでブラジル音楽が好まれる背景には、どうやらサッカーという共通項があるらしい。Corduroyのメンバーも、ブラジル出身のSergio Mendes & Brasil '66からの影響を語っていたという。
アシッド・ジャズの楽曲には歌モノもあるが、ダンス向けの音楽ということもあってか、インストゥルメンタルの比重が高い。
一方、歌モノの印象が強い初期Corneliusも、「Into Somethin'」をはじめとして、インストゥルメンタルの楽曲を複数発表している。この点は、ほぼすべての曲が歌モノだったFlipper's Guitar時代との差異と見ることもできるだろう。アシッド・ジャズの影響下にあったからこそ起きた変化といってもよいかもしれない。
ただし、後年小山田は、初期作品の歌詞について「全然すらすら書けなかった。はじめてちゃんと書いているから」「全然やり方がわからず大変だった。完成度は低い」等と語ったことがある。発表当時は明かしていなかったが、実は歌詞には自信を持てていなかったようだ。その意味でも、インストゥルメンタルの曲を増やすことは、小山田にとっては自然な流れだったのかもしれない。
Diamond Bossa
『The Sun Is My Enemy』カップリング曲の「Diamond Bossa」は、やはりアシッド・ジャズの流れを汲んだ、ブラジリアン・スタイルのインストゥルメンタルである。
オルガンをフロントに据え、すべてのメロディーを単音のオルガンが奏でる。ラテン・パーカッションをふんだんに用いたサンバのリズムに乗って、バッキングを刻むのもオルガンと、ピアノである。ギターの音はがんばっても聞こえなかった(ぼくの耳が悪いせいかもしれない)。トロンボーンの音は、テーマの部分で隠し味的に用いられている。
"Bossa"というタイトルではあるが、ボサノヴァというよりサンバ寄りの、高揚感のある楽曲である。その上で、コードの使い方により、いつもの洗練されたポップスの印象も保っている。
「Diamond Bossa」には2つのバージョンが存在する。この『The Sun Is My Enemy』カップリングのバージョンは、のちにTrattoriaのカタログ100作記念セット『Menu 100』にも収録された。
featuring Cornelius Swingle Singers
もうひとつのバージョンには、"featuring Cornelius Swingle Singers"とサブタイトルが付けられている。その名の通り、男女混声ユニゾンのコーラスが加わったアレンジである。テーマの部分でオルガンと一緒にメロディーを唄うほか、ヴァースにも新たなフレーズを加えて盛り上げる。
おそらくこちらのほうが完成版という感じで、これを知ってからコーラスのないシングル版を聴くと、少々物足りなく感じてしまう。ただ、よく知られているのはこちらのバージョンではないだろうか。
このバージョンは、シングルから程なくしてリリースされたEP『Holidays in the sun e.p.』(Menu 22)のほか、同年12月発売の12インチアナログ盤『Raise Your Hand Together 』(Menu 28)にも収められている。
参照元のひとつは、サンバのスタンダードナンバー「Tristeza」である。なかでも、特に大人数のユニゾンで歌うコーラスにおいて、Sergio Mendes & Brazil '66による演奏と雰囲気が近い。
「Tristeza」は様々なミュージシャンによる音源がフリーペーパーSuburbia Suiteで何度も取り上げられるなど、90年代前半の渋谷で流行していたようである。
また、個人的にもうひとつの参照元ではないかと思っているのが、やはりボサノヴァのスタンダード曲「Chora Tua Tristeza」である。
こちらはコード進行が類似しており、テーマ部分の展開が「Diamond Bossa」のヴァースとほぼ同一である。ツー・ファイブで解決しながらコードチェンジしていく、わりとよくある進行なので確証はないのだが、Tristezaという単語のつながりもあって、これを選んだのではないかと想像している。
この曲はかつて小山田が紹介していたラロ・シフリンのレコードに入っていたのだが、ブラジルのオルガン奏者ワルター・ワンダレイによる録音の雰囲気も近いかもしれない。
また、タイトルはイタリア映画「国際泥棒組織」のサントラからの1曲「Diamond Bossa Nova」からと思われる。こちらは音楽的にはボサノヴァであること以外に類似点は目立たないように思う。
ライブにおいては「The First Question Award Tour」での演奏例があるが、ライブビデオ『Love Heavymetal Style Music Vision』には収録されておらず、映像も音源も商品化はされていない。ちなみにライブではバッキングがギター2本のカッティングに差し替えられ、控えめだがホーンセクションも参加するアレンジになっていた。
「Diamond Bossa」はアルバム『The First Question Award』の収録曲には選ばれなかった。このため長らくシングルやコンピレーションでしか聴くことができなかったが、『The First Question Award』2019年リマスターの際に、ボーナス・トラックとして"featuring Cornelius Swingle Singers"バージョンが加えられ、現在は配信やサブスクでも容易に聴くことができる。
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