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【百物語】わすれもの

「順平、忘れ物したから、ちょっとここで待っていてくれ。」
「うん。」
順平は素直だが、少し心細そうにうなずいた。これが哲也の記憶に残っている順平の最後の姿だった。


哲也は故郷に三年ぶりに帰ることになった。きっかけは廃校になった母校が心霊スポットとして紹介されていたことだった。哲也は、大学の友達の果歩と克彦に道案内を頼まれ、軽い気持ちでその役を引き受けた。
車で三人は廃校へと向かった。車の中の克彦と果歩は浮かれた雰囲気だったが、運転する哲也一人だけが沈んだ顔をしていた。
「どうしたの?もしかして怖いの?」
果歩がからかうように聞いてきた。
「違うよ。学校に気持ち悪いやつがいたんだ。そいつのことを思い出した。」
「どんなやつ?」
克彦が、何気なく聞いてきた。
「家が近所だったから一緒に学校に行っていたんだけど、そいつは俺が来るまで何分でも待っているんだ。俺が風邪で休んだ日もそいつはずっと待っていて、母さんが今日は来ないって言い聞かせてやっと学校に行ったこともあった。」
「うわー。気持ち悪ーい。」
果歩と克彦は、遠慮ない笑い声をあげた。
「それで、そいつどうなったの?」
哲也は、克彦の質問に答えることができなかった。なぜなら、その子はもう死んでいたのだ。
死んだ子の名前は児島順平で、当時はまだ小学一年生だった。順平は、一緒に帰るはずだった哲也を待っているとき、校庭に入ってきた変質者に誘拐され、その数日後に死体で発見された。当時の学校は、マスコミが押し寄せ大騒ぎになったが、哲也はなぜかそのことを忘れていたのだった。


何時間か車で走り、Y市の小学校に到着した。車を職員用の駐車場だった場所に停め、三人は廃校へと踏み出した。昇降口は板を打ち付けられ、硬く閉ざされていた。しかし、インターネットでは、一階には割られた窓があり、そこから校舎内に入れるはずだった。三人でその窓を探すと、割られた窓はすぐに見つかり、三人はたやすく校舎内に侵入することができた。
懐中電灯を点けると、校舎内はほこりがたまり荒れ果てていた。そんな校舎の中で、克彦が校舎内の様子をビデオで撮影し、哲也が写真を撮った。 三人はまるでお化け屋敷を見てまわるように、はしゃぎながら校舎内を進んだ。しかし、校舎内は静まり返っており、何も起こる気配はなかった。そして、最上階の三階までの教室をすべて見たが、三人は霊らしきものを目撃することはできなかった。
「何も起こらなかったな。もう出ようぜ。」
克彦が言うと、三人は出口に向かって歩き出した。 三人が割られた窓から外に出ようとしたときだった。校庭に青白い光が浮かんでいた。
「なんだろう、あれ?」
青白い光は、遠近感のない暗闇の校庭の中をさまよっているように見えた。
「面白い。撮ろうぜ。」
克彦がビデオカメラを向けた。

ざしゅ ざしゅ ざしゅ ざしゅ

その光は、グラウンドを踏みしめるような音をさせていた。その光は、だんだんこちらに近づいてきていた。そして、光は、三人のいる窓の目の前を通った。そのとき三人が見たのは、体の透けた、ランドセルを背負った子供だった。
「わああああっ!」
三人は大慌てで逃げだした。その悲鳴に子供が気づき、こちらを向いた。克彦と果歩は、窓から出て走り去った。最後に哲也が窓枠を乗り越えようとしたとき、窓に残されたガラスのかけらが足に刺さった。哲也は立とうとしたが、足に激痛がはしり動けなかった。
その間に、子供は近づいてきていた。

ざしゅ ざしゅ ざしゅ

子供は、座り込んだ哲也の目の前まで来ると立ち止まった。子供はうつむいたままだった。二人の間には、心臓の鼓動が感じられるくらいの沈黙が流れた。哲也が子供の顔を覗き込むと、その表情は不安と孤独に満ちていた。そして、その顔には見覚えがあった。しかし、その子は、もうこの世にいないはずだった。
ようやく子供は、うつむいた顔を上げようとしていた。
「・・・忘れ物、見つかったんだね?」
子供は小さな声でつぶやいた。その表情は少しだけほっとしたものに変わっていた。
「お前、ずっとここで待っていたのか?」
「うん。お兄ちゃんと約束したから。」
哲也の瞳からは、涙が溢れ出していた。
「ごめん・・・。本当にごめん・・・・・順平。」
「お兄ちゃん。ぼく、もう行かなくちゃ・・・。」
知らないうちに、空はしらみはじめていた。その朝の光に溶けるように、順平の姿は次第に輪郭を失っていった。


順平は、何年も約束を信じて待っていたのだ。ここで待っていろというちっぽけな約束を・・・。


その後、Y市の小学校に幽霊が出るという噂は、知らないうちに消えていった。




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