武蔵野算命塾 KAI-UN 〜改運メソッド〜

開運とは、一体何でしょう?

テレビや雑誌などのメディアでは、開運グッズとか、開運の風水とか、開運のパワースポットなどが、特に新春は取り上げられています。
開運といってもいろいろで、「金運」「恋愛運」「仕事運」など様々です。

そういうものを見るたびに、不思議な気持ちになります。

ちょっと意地悪な話ですが。

例えば「金運」の話をしましょう。
皆さんは「金運」って、どのようにお考えでしょうか。
毎月の給料が急に高額になるわけはありませんから、「金運」が給料に作用したとしても、1ヶ月に直したら数万円が関の山だと思います。
でも、そうなる根拠をあなたは持っていますか?
ないのに給料が上がるなんて、おかしいですよね。

そんな小金額で「金運」を期待していますか?
お金が入る理由がない限り、「金運」がついたとしても、まとまったお金が入るわけはありませんよね。
道を歩いていて1億円のジュラルミンケースでも拾いますか?
でも、落とし物は届けなければいけませんよ。

誰にも責められたりしないものといえば、宝くじですが、これはちょっと厄介です。
アメリカでは数百億円という当選金が出ます。
数年前に、確か700億円という当選金が出ました。
これにはカラクリがあって、すぐに貰えば400億円で、30年後に残り300億円という選択がついていました。
アメリカではあらゆるデータに公表が義務付けられているので、この当選者は当選者の当選後の人生データを見て、30年後の300億円を放棄したそうです。即金で400億円という選択をしました。
データには、当選者の人生が大きく狂ったということが書かれていたからです。

日本でもそうなのですが、宝くじで家を立てるのは税金がかかりませんから、家を建てた人の話はちょいちょい聞きますが、当選金を元手にしてお店をはじめたり、事業を起こした人はいるのでしょうが、成功した人の話を聞いたことがありますか?
私は聞いたことがありません。

占いの世界では、宝くじは「一生の運を使い果たす」といって忌み嫌われます。実際、私の知人にも、宝くじで高額当選をして以来、人生が恐ろしいほど落ちてしまった人がいます。
算命学では「額に汗をかかずに得たお金は持つべきではない」という教えがあります。そういうお金は、なぜか手元から離れていくだけではなく、人生が落ちていく元になるという教えです。
その理由で、私たちも師匠から宝くじは禁止されています。

簡単な理由を述べますと、人生のエネルギーを計算する方法があるのですが、ある時一気に金運だけが上がってしまうと、他のエネルギーを削って増減の調整をする(エネルギーが一定だから)ので、例えば健康運や社会運が削られるということが起きるわけです。
エネルギーの総量を上げる、つまり人間の器を大きくしていれば問題ないのですが、それには時間がかかりますし、当たるか当たらないかわからない宝くじで当たった時のために、何年もかけて自分を磨いている人なんて見たことありますか?
ですから急激な収入の上昇は、占い師からみれば、喜ばしいことではないのです。

そもそもお金があったら、幸せになれるのでしょうか?
世界中の金持ちに、どれだけ自殺者や発狂が多いかご存知でしょうか。

算命学で1番価値があるとされるのは「普通(中庸)」なのです。
「普通」というのは苦がなく、穏やかな状態でいることです。
「な〜んだ、『普通』じゃない」と言われそうですが、果たしてそうでしょうか?
この世は「苦」に満ちています。
心配事があったり、不安があったり、争い事があったり、穏やかな人生なんて滅多にあるものではありません。

仏教では、この世は「苦海」と言います。
この世は「苦」に満ちているからです。
ですから、この世に生まれてくる時は泣いて生まれ、この世を去る時には泣き叫ぶことなく、静かに息を引き取ると教えます。

私は、開運というのは、「普通であること」であり、それを実現する方法として、「与えられた宿命通りに生きること」を知ることなのではないかと思います。
宿命には、幸せのなり方が書いてあります。
あなたが、その通りに生きれば幸せになる方法が書いてあります。
そういうことに気付けることは、まさに運です。
だって、占い師の中でも、自分の宿命に気づいていない人の方が多いのですから。

開運は、本来の自分に気づくことではないかなと思います。

そういうわけで「武蔵野算命塾 KAI-UN 〜改運メソッド〜」という月額サポートを新たにスタート致します。

HPでも同じタイトルで少々異なるコラムを書きました。
あわせてお読み頂ければと思います。





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