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ムサビ授業5:広義の「プロトタイピング」

武蔵野美術大学 大学院造形構想研究科 クリエイティブリーダシップコース クリエイティブリーダーシップ特論 第5回(2021/05/10)
ゲスト講師:八田 晃さん

◆「クリエイティブリーダーシップ特論(=CL特論)」とは?
武蔵野美術大学 大学院造形構想研究科クリエイティブリーダーシップコースで開講されている授業の1つです。
「クリエイティブとビジネスを活用して実際に活躍されているゲスト講師を囲んで、参加者全員で議論を行う」を目的に、社会で活躍されている方の話を聞き、受講生が各自な視点から考えを深める講義となっております。

◆注記
この記事は、大学院の講義の一環として書かれたものです。学術目的で書き記すものであり、記載している内容はあくまでも個人的な見解であります。筆者が所属する組織・企業の見解を代表するものではございません。

ゲスト講師 八田 晃さん(softdevice inc.代表取締役)

CL特論も早くも5回目となりました。今回のゲスト講師は、softdevice社の代表取締役を務められている八田さんです。

softdeviceは1984年に設立されたデザイン会社で、元々はプロダクトデザインの仕事が主だったそうです。その後、インターフェースデザイン分野の発展とともに成長し、現在はメーカーの先行開発の仕事を多く手掛けているそうです。

祖業はプロダクトデザインであったものの、現在は体験のデザインを念頭に置いた仕事になっているというのは、「モノからコト」という時代の変化をよく表していると感じました。

八田さんは2008年から代表を務められています。企業のミッションについて「Predicting the Future by Making」という言葉を挙げられていました。その考え方は「プロトタイピングを重要視する」というアプローチによく表れています。

なお、このミッションは計算機科学者のアラン・ケイの格言に由来します。
  "The best way to predict the future is to invent it."
  (未来を予測する最善の方法は、それを発明することだ)

softdeviceのプロトタイピングの特殊性

一般的に「プロトタイプ」と言った場合、プロダクトやサービスをラフに作ったものをイメージされるかもしれません。

softdeviceの「プロトタイプ」は非常にユニークです。引き出しが多く、また、開発プロセスの上流に食い込んでいるというのが特徴です。

八田さんの仰っていることを図式化すると、下記のイメージ図になります。
真ん中の"Prototyping"だけでなく、"Sketching", "Behavior"も含んで「プロトタイピング」と捉えられている様子でした。

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何より特徴的なのは、上流の"Sketching"でしょう。
ラフプロトタイピング(プロトタイプ前のプロトタイプ)として、
試作を考えるためのプロトタイプというのが、これの位置付けです。

softdeviceとして、当然ながら下流もスコープに入りますが、「できるだけ上流で作る」ということにこだわっているということです。

なぜ、そうするのか。八田さんが挙げられていた背景が印象的です。

Q. なぜ上流でプロトタイピングすることにこだわるのか?
A. 独立したデザイン事務所は企業から仕事を受けるが、上流に携われないという課題があった。
 ・リサーチには企業内の専門家がいる等、プロセスが切られる。
 ・上流の開発プロセスがどうだったのか、というのが気になっても、
  またその部分を請け負っているわけでないからリサーチもできない。
プロセスが分けられるのに対し、食い込むための案がプロトタイピング。

また、そうすることで副産物として以下の利点も出てくるそうです。
・クライアントも早い段階でプロトタイプに手を加えられる
・一緒にやっているという効果(例えば、クライアントがどんどんラボに来てくれ、逐一報告書にまとめる必要がない)

筆者はデザインプロジェクトに詳しいわけではありませんが、事業開発コンサルとしてクライアントワークをする際にも、同様のことを考えた経験があります。

大企業においては、まず経営陣から依頼を受けた戦略コンサルが、経営戦略を事業戦略に落とし、その後具体的な新規事業開発をプロジェクト化することがあります。

その場合に散見されるのが、後工程から入って現場を巻き込む段になると、総論は良くても各論に纏めるのが難航する(結果、絵に描いた餅になる)という話です。

上流で現場が巻き込まれていないので、当事者意識はなく「自分たちの事業だ」という意識が芽生えないまま、それっぽい事業計画だけができ、実行過程で止まってしまう、という感じです。

こうした場合の有効な解決策は、上流で現場のキーマンを巻き込み、課題を入念に拾い上げた上で、それを経営陣の課題感と摺り合わせたうえで事業戦略に落とすということであり、まさに上流~下流をブツ切りにしないということなのです。

特に、メーカーの先行開発では、未来のプロダクト/サービスを扱うため、プロジェクト関係者が思い描いている姿も大きく異なると予想されます。とにかくモノを早く作ってしまい、目線を合わせる(空中戦にしない)ことが重要というのは腹落ちしました。

試行錯誤してくれる会社の価値

山崎教授から、「八田さんは『やり方のデザイン』をしている」という話がありました。つまり、方法論に固執せず、どういうプロトタイピングか、どういうやり方をしたらいいのから考えているということです。

それに対して、八田さんは以下のように回答されていました。

インターフェースデザインの黎明期、まだ「UX」ということが言われる前で確固たる手法がなかった。その時期に手探りで、今でいう「ペーパープロトタイプ」を生み出し、手法から考える癖がついた。

そういう経緯もあって、クライアントからは、アプローチがはっきりしていないときに声をかけられることが多い。

何かしらのプロジェクトでアプローチから考えることというのは、ある種当たり前の話ではあるのですが、現実問題として難しいことが多いです。

これもコンサルの例えになってしまいますが、プロジェクトを受託する場合、経営目線から何かしらの方法論に則って進めるのがいいという圧力が起こり得るからです。

つまるところ、プロジェクト受託する際の品質のブレをなくすとか、属人化を防ぐとか、受託事業としてスケールさせるという文脈では、プロセスを固めてしまってクライアントに提供するというのが望ましいということです。

デザイン会社においても、大手になればなるだけ同様のことが起きているのではないかと推測しますが、発注側からすると、こうした小回りの利く会社は非常にありがたい存在です。

また、VUCA×コロナ禍という予期できない時代において、ますます方法論が意味をなさなくなりつつある中では、クライアントと一緒にアプローチから作っていくとうのが望ましいと思います。

softdeviceでは、コロナ禍においても、柔軟性を発揮しているそうです。

コロナの影響でも試行錯誤している。例えば、ラボのワークショップを遠隔でやり、クライアントの少数の担当者の様子を本社にライブ配信することも挑戦した。これはなかなか難しい。手で触って体感して分かることが多い。伝わらない。

だからというわけではないが、「出張ラボ」のようなことはやり始めている。いま、住設機器のショールームの展示設計をしているが、ラボでやっているようなことを現場でやりたいという声があった。疑似体験したものを現場に持っていく、という進め方。

印象的だった話

八田さんの話はどれも、実務経験に裏付けされ具体性の高いお話でした。長くなってしまいますが、印象的だった話を摘録的に書かせていただきたいと思います(筆者個人の振返りのためにも)。

・デザイナーの役割が変わってきている。昔はアイデアを形にする人。それは今でも職能の強みだが、これからは「皆が作る」。デザイナーは作って終わりではない。作り方を教えながら生活するのかもしれない。

・プロトタイプでよくある失敗は、「ディテールのバランスをどこに置くか」。ディテールの細かいものをいきなり提示すると、ステークホルダーが変に細かいところにこだわってしまう。逆に粗すぎると伝わらない。「意図しない所に引っかかってしまう」というのが問題。こうした場合、「わざと作り込みすぎない」というのが重要。

・「参加型デザイン」について。問題発見のためだけに現場に行くのではない。提示できるものは提示して、現場と共に作るというのが必要。

・デザインプロセスで現場に入っていく際、コンセプトを形にして終わりではない。モノを投入した/アイデアを投入した現場が、どう変化するのか?、という所までスコープに入れたい。

・プロトタイプに限らずであるが、アイデア出しでアイデアが出たとき、単純に民主的なプロセスでやると良い提案にならない。賛成意見・反対意見が両方出ている奴をあえて残す。世の中のサービスもファン/アンチが分かれる。議論を呼ぶような、強い賛成と強い反対があるものはあえて残す。

・クライアントから無理難題を振られるというのもあり、こうしたスタイルになった。デザインツールのデザインもしているし、デザインのやり方のデザイン、使い出してからのデザインも取り組んでいる。

クリエイティブリーダーシップとは?
~過度に型に押し込めないこと~

今回は、デザイン会社の仕事のあり方からクリエイティブリーダーシップについて考えさせられることになりました。

実務として参考になる話が多かったですが、あえて抽象化させていただくと、「型に押し込めない」ことの重要性が示唆されていたように感じます。

「経験はやはり重要」という話もあった一方で、softdeviceとして臨機応変にやり方を変えるというのは一貫しているように思いました。

企業においては、「How」ばかり注目されがちで、その弊害で新しいことをやる余地が生まれないということがあります。

「本質を考え、アプローチは目的から逆算して最適なものを選ぶ」
八田さんの実践の話から、改めて大事なことを思い出させてもらった気がします。

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