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人生の夜を行く──ヨルシカ「夜行」

人生の夜を行こうとする誰かに贈ります。

n-buna氏[Gt&Composer]のそんな言葉と共に配信されたヨルシカの新曲、『夜行』。8月末に2ndフルアルバム『エルマ』が発売されてから、実に6ヶ月ぶりの新曲となった。

若者を中心に支持を集め、最近の音楽シーンを賑わせているバンドアーティスト『ヨルシカ』。「2020年 ネクストブレイクランキング−アーティスト編(Deview調べ)」の10代・20代部門で紅白歌合戦出場歌手のKing Gnuに続く2位にランクインし、「第34回日本ゴールドディスク大賞」ベスト5ニューアーティストにも選ばれるなど、その勢いは加速するばかりだ。

そんなヨルシカの新曲がどのようなものになるか心待ちにしていたファンも多くいたことであろう。公開から20時間経っていないにも関わらず、既にMVの再生回数は40万回を超えている。ファンに限らずたくさんの人がヨルシカの動向に注目している証なのではないだろうか。

今回はこの新曲『夜行』に込められたn-buna氏の想いを、今までのヨルシカの作品や動向、n-buna氏自身の言葉も併せて推察していく。


この曲に至るまでの道のり

まずはヨルシカの今までの活動を振り返ってみよう。

2017年にボカロPのn-buna氏がボーカリストのsuis氏を迎えて結成すると、同年に1stミニアルバム『夏草が邪魔をする』、翌年には2ndミニアルバム『負け犬にアンコールはいらない』を発売。2019年には『だから僕は音楽を辞めた』『エルマ』という2つものフルアルバムを出すなど、活動は滞ることがない。作品発表のペースも驚異的であり、瞬く間にヨルシカの人気は拡大した。

MVも多くYoutubeやニコニコ動画で配信されており、中でも『負け犬にアンコールはいらない』に収録されている『ただ君に晴れ』(2018/05/04公開)は6500万回再生、1stフルアルバムの表題曲『だから僕は音楽を辞めた』(2019/04/05公開)は4100万回再生(どちらもYoutubeの再生回数、2020/03/05時点)となっており、ヨルシカを代表する楽曲となっている。

また、ヨルシカの作品を特徴付けるものとして決定的なのは、そのストーリー性だ。

2019年に相次いで発売されたフルアルバム『だから僕は音楽を辞めた』『エルマ』の2作では、音楽を辞めた青年(エイミー)と、彼が遺した手紙を頼りに彼の足跡を辿る少女(エルマ)のストーリーが展開されている。それぞれのアルバムの初回限定盤では、青年の手紙が入った木箱、足跡を辿った少女が記した日記など、ストーリー理解のカギとなるアイテムがCDに付属されており(この場合むしろCDが付属品なのかもしれない)、ファンの間でも考察が盛んに行われている。2019年秋にはこの2作のストーリーを芯としたコンセプトライブ『月光』が東京・名古屋・大阪で行われた(12月に追加公演も開催)。


新曲「夜行」の分析

まずは新曲『夜行』を、単純に音楽作品として分析してみる。

曲が始まるとすぐ、アコースティックギターの印象的なフレーズが流れ出す。あたたかくも少し物哀しい、ヨルシカの今までの音楽性も感じさせるような出だしだ。suis氏の声も比較的優しく、他の曲よりも柔らかいのではないだろうか。か細ささえ感じられる。

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Aメロ、Bメロとゆったりした曲調が続くが、サビで良い意味での裏切りを受けることになる。今まではアコースティックギターのみの弾き語り調だったのが、MVの場面転換と共に鮮やかなバンドサウンドに変わった。

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『はらはら、はらはら、はらり、晴るる原 君が詠む歌や 一輪草』

suis氏の歌声はサビ以前とは打って変わって非常に力強く韻を踏んでいく。彼女の声は繊細で自然ながらも、消えてしまいそうなほどの切なさから向かい風に対抗するような力強さまで、どんな雰囲気でも表現してしまえる。それが彼女の歌声の一番の魅力ではなかろうか。様々な雰囲気の楽曲を制作するn-buna氏も直々に褒め称えるほどの実力の持ち主だけある(多様な表現力を持ちながら音楽経験はほぼ皆無、というのも驚きだ)。

既に気づいているファンも多いだろうが、今回の楽曲のサビでは、コーラスにn-buna氏とみられる声が入っている。これも驚きであった。n-buna氏は「自分の歌声があまり好きではない」と発言していたことがあり、今までのヨルシカ作品でも、『エルマ』収録の『エイミー』でのみコーラスを担当していた(他の楽曲において「1オクターブ下のコーラスをn-buna氏が担当しているのではないか?」と推測しているファンもいたが、『エイミー』以外のコーラスは全てsuis氏自身が担当したとのことだ)。

重なる2人の歌声に、サビから一気に参加するエレキギター、ベース、ピアノ、ドラムの音色。MVでも明確な着色はこの場面からとなっていて、サビはまさに「世界が塗り替えられた」という感想を抱いた。

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2番も同様に、静かなAメロ・Bメロ、その後に爆発するような力強さでサビ、という構成になっている。その緩急だけで十分魅力的なのにも関わらず、聴いていて飽きない、様々な工夫も凝らされている。例えば、サビのsuis氏の歌声は力強さを増しただけではない。『君立つ夏原、髪は靡くまま、泣くや雨催い夕、夕、夕』のワンフレーズを聴くだけでも、『夕、夕、夕』の部分は特に切ない、今にも泣きそうな歌声だ。n-buna氏の儚げなコーラスも相まって歌パートを聴くだけでも胸が締め付けられるのに、2番から楽器隊が本領を発揮して活発になり、自ずと耳に入ってくる。どこか懐かしさを覚えるようなn-buna氏特有のギターリフは本楽曲でも健在である。MVの映像も鮮やかさを増していき、聴き手の感情は必然的に溢れ出しそうな状態になるであろう。

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その後のラスサビでは、最後の部分の歌詞が少し変更されている。『夏が終わって往く』だけではなく、『僕はここに残る』『ずっと向こうへ往くんだね』と、夏の終わりとともに「僕」と「君」とが離れ離れになることを更に示唆したような言葉が付加されており、1番・2番以上に哀愁を感じられるようなsuis氏の『そうなんだね』という声で曲は終わる。

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MVでは始め連れ立って歩いていた男の子と、それより少し背の高い女の子が、曲が進むと同時に成長していく様子が描かれている。女性が先に歩いて行ってしまい、男性がそれに追いつき手を繋いだ瞬間女性が消えるなど、今まで以上に考察を誘うような映像だが、ここではMVそのものの考察は割愛させていただく(Twitterの方には個人的な考察を載せたので、よろしければそちらをご覧いただきたい)。


新曲「夜行」の立ち位置

では『夜行』は、ヨルシカにおいてどのような立ち位置になっていくのだろうか。

前述の通り、ヨルシカの作品では何か一連のストーリーが展開される可能性が高く、ファンの間でも新曲が出るたびにMVや歌詞から盛んに考察が行われる。今回の『夜行』も勿論例外ではない(それどころか、MV公開の直後数時間、Twitterは思い思いの考察で溢れていた印象だ)。まずはこの『夜行』から展開されるストーリーがどんなものになっていくのか、筆者なりの推測を張り巡らせてみる。


n-buna氏が昨秋ごろに行ったYoutubeライブでだろうか、記憶は曖昧だが、彼が「次のヨルシカの作品は曲調をガラッと変える」と発言していたことを今でもよく覚えている。同じくその発言でどのような曲調になるのか楽しみにしていたファンも多くいるであろうが、筆者は個人的に、今までとは曲調だけではなくストーリーも全く異なってくるのではないかと考えている。

根拠としては、2019年に紡がれたエルマとエイミーの物語に明確には表されていなかった「俳句」という要素が歌詞に露骨に入ってきたことが挙げられる。

『晴るる原 君が詠む歌や 一輪草』

サビの歌詞の一部分が5・7・5調になっていることに気づいた方も少なくないのではなかろうか。

n-buna氏は文学に堪能で、彼の愛する近代歌人もしばしば作品に影響を及ぼしている(例:『ただ君に晴れ』の『絶えず君のいこふ 記憶に夏野の石一つ』という歌詞は正岡子規の句を元にしている)。フルアルバム2作で描かれた物語は「音楽」を中心としていたが、今回の物語のカギはそれ以外、特に「俳句」の可能性も十分あるのではないだろうか。それならば前回の物語とはガラリと変わったテーマで作品が展開されてもおかしくない。そう考えたのである。


「人生の夜」とは

そしてなんと言っても非常に気になるのが、MV公開とほぼ同時にヨルシカ公式Twitterにおいてツイートされた、n-buna氏のこの言葉だ。

このツイートは、まさにこの曲の主題と言っていいだろう。

大人になるということ。それは死へ近づいていくこと、過去にあったことをだんだん忘れてしまうことでもある。その状態がであり、自らの人生の終わりへと進んでいくこと、それが夜行であり、この曲のタイトルなのだ。

また『一輪草』の花言葉は『追憶』。もしかするとこの曲の主人公は、自分の忘れてしまった、または忘れてしまいそうな大切な人や思い出(春に咲く花)を、どうにか思い出そうとしている()のではないだろうか。

人生の夜を行こうとする誰かに贈ります。

こう言ったn-buna氏自身も、作品を感じ取る我々も、誰もがその「誰か」であることは間違いない。


「夜行」という作品

誰しも人は人生の夜に向かっていく。昔のことは色褪せて、かつて愛していた人の顔もぼやけてきて、春に咲く花のように可憐に輝いていた日々は薄れていってしまう。

確かに切ないことだけれど、それがどうしても避けられないのであれば、共に人生の夜を歩いていく仲間がいた方が心強い。一人ひとりの夜行に寄り添う曲、それが『夜行』なのではないだろうか。

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『ねぇ、いつか大人になったら、僕らどう成るんだろうね』

『何かしたいことはあるのかい。僕はそれが見たいかな』

『君は忘れてしまうだろうけど 思い出だけが本当なんだ』

『そうか、道の先なら着いて行くよ』

─────

ヨルシカの新しいストーリーが、この曲を皮切りにどう展開されていくのかは、まだ本人たちにしかわからない。けれど、この曲がどんな悲しいストーリーの一片だとしても、人々に寄り添うあたたかい存在であることには変わりないと私は思う。

色褪せていく思い出を大事に胸に抱いて、道の先へ歩いていく。その一歩をこれからは、『夜行』と共に踏み出していこう。




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