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BSE「全頭検査」を覚えていますか?

一般に「狂牛病」の名で知られた牛海綿状脳症(BSE)の騒ぎが2000年代にあったことを覚えていますか? BSEを発症した牛を経口摂取した英国の人間が,異常プリオンにおかされて死亡というニュースがきっかけで,世界的にパニックをひきおこしたできごとでした.

日本でも2001年にはじめてBSEの牛がみつかり大騒ぎになりました.政府はEUにならってすばやく対処し,飼料としての肉骨粉の牛への投与禁止と,食肉処理施設での「特定危険部位」の除去,それから生後24か月以上のBSEを疑わせる牛と,30か月以上の食用牛にたいする検査,の方針を発表しました.

肉骨紛とは,解体された牛の肉の部分を除いた残りの骨,皮,内臓などを乾燥粉砕したもので,栄養が豊富なため飼料として使われてきましたが,これがBSE感染伝播の主要な原因と判明したからです.また脳や脊髄神経といった特定危険部位を除去さえすれば,食肉として安全であることがわかっていました.

国際獣疫事務局(OIE)も「たとえBSEに感染した牛でも,その牛肉と牛乳は100%安全である」との公式見解をだしており,政府もこれを支持し宣伝していました.しかしパニックにおちいっていた当時の国民やメディアはこれだけでは納得せず,「全頭検査」をして政府が安全を保証することを求めたのです.

BSE検査はELISA(酵素結合免疫吸着)法によります.牛の脳の組織に蓄積した異常プリオンを同定できるようになるには,平均して発症の6か月前,すなわち生後54か月くらいでした.それより若い牛は,仮に感染していても検査では陰性となり,むしろ「BSEでない」という誤解を与えることになりかねません.

日本でみつかったBSE感染牛は結局40頭前後でしたが,比較的若い牛は検査しても見逃すので,実際にはBSEの牛の60%程度は見のがしていたと推定されています.それでも牛肉が安全だったのは,すべての牛から異常プリオンが蓄積している「特定危険部位」を除去しているからでした.

だからBSE対策としては,肉骨紛の禁止と特定危険部位の除去の2点だけでじゅうぶんだったのです.EUが30か月以上の牛に検査をおこなっていたのは,むしろ実際にEU諸国にどの程度の感染牛がいるかのモニタリングのため,すなわち疫学調査の意味あいが高かったのです.

BSE検査は有症状の疑わしい牛のためのものであり,無症状の牛にスクリーニングをする必要性はほとんどなく,ましてや「全頭検査」の科学的意味などまったくありませんでした.しかし世のなかの風評をどう鎮静化するかということで,自民党や食肉業者,消費者団体などが全頭検査を強く求めたのでした.

全頭検査は2001年からはじまり,正式に廃止になったのは2017年です.パニックになった国民の要求により,科学的にはなんの意味もない「全頭検査」をはじめざるを得ませんでした.一度はじまってしまえば関係者から見直しの同意をえることがむずかしく,いつまでも税金の無駄づかいを続けることになったのです.

結局のところ日本人でBSEを発症したのはひとりだけで,それも英国滞在歴が長く,そのあいだに感染したと推定されたかただけでした.世界で唯一,日本だけがおこなった非科学的な全頭検査は,国民自身におおきな損失をあたえただけでなく,米国など国際的にも大きな摩擦を引きおこす結果になりました.

あれっ,ここまでお読みになってなにか思い浮かべませんか? いつもおなじことを繰りかえしますね.福島県民甲状腺調査もそう.新型コロナのPCR全員検査もそうです.科学的にまったく根拠はないのに,国民やメディアはパニックになって安全ではなく安心を求め,「全員検査」をはじめようとするのです.

(本稿は,唐木英明氏「牛肉安全宣言」を参照させていただきました.記して感謝いたします)

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