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あなたの困りごとはどこから?【フェミニストカウンセリング②】

前回は、私が心理士として働く中で思うこと、感じることをつらつらと述べた上で、少しだけフェミニストカウンセリングの紹介をしてみました。

今回の記事では、フェミニストカウンセリングの考え方をより具体的にご紹介したいと思います。

「女だから」「母親だから」という考えはどこから?:フェミニスト認知行動療法

フェミニストカウンセリングで用いる理論の1つが「認知行動療法」に関するものです。

認知行動療法では基本的に、「状況」⇒「認知」⇒「行動」に分けて整理していきます。この「認知」は、ある状況において浮かんでくる考えの事です。

以前の記事で、内閣府のアンコンシャス・バイアスについての調査を紹介しました。
その中で、性別役割意識の中で男女差が最も大きかったのが、「デートや食事のお金は男性が負担すべきだ」という項目です。

これを認知行動療法でどのように整理していくのか考えてみたいと思います。

下の例では、男女が2人で食事に行った際、男性の認知として「俺は男だからここは支払いをしないといけない」という考えが出てきています。
そして、結果として割り勘などの相談をすることはせずに自分で払い、少し浮かない顔をしています。

フェミニスト認知行動療法例

女性の場合、例えば「2人で食事」⇒「相手が払ってくれるはず」⇒「払ってくれればOK、割り勘なら次はなし」。
もしくは、「2人で食事」⇒「自分の分は自分で払いたい」⇒「会計時にそのことを伝えて自分の分を支払う」ということもあるかもしれません。

この真ん中の「認知」がポイントで、どのような認知(考え)が出てくるのかによって行動(結果)が変わってきます。
そして、この認知は、今までの経験や習慣などからも大きく影響を受けます。

これに関して、井上(2010)は以下のように述べています。

ジェンダー社会においては、女性には男性には求められない人間関係の調整役や人に気に入られることを優先する姿勢が求められ、そうしなければ社会から排斥されるという暗黙の圧力もあって、不安や自責や自己否定などのネガティブな感情に陥りやすい。

女性は、今までに求められてきた社会的な役割の中で形成されやすい認知があり、その役割をうまく遂行しないとダメだ、という不安感などを持ちやすいことが指摘されています。
例えば、「家事をきちんとしないといけない」「来客時の対応は女性がするもの」「女性はリーダー役よりサポート役にまわるべきだ」というものが挙げられるでしょう。

一方で、図の例に挙げたように、男性にも求められる(と考えられる)社会的役割に沿った認知は存在します。

フェミニスト認知行動療法では、自分が持ちやすい考えをまずは整理します。そして、ジェンダーの視点で眺めたり、社会的な構造について知ることにより、より現実的で肯定的なものになるよう取り組みます。

いつものストーリーを違う見方で:フェミニスト・ナラティブ・アプローチ

軸となるもう一つの理論が、「フェミニスト・ナラティブ・アプローチ」です。

ナラティブ・アプローチの軸となる考え方は

・問題を外在化すること
・いつものストーリー(ドミナント・ストーリー)を新しいストーリー(オルタナティブ・ストーリー)に書き換えていくこと

です。

「外在化」というのがわかりにくいと思いますので、「痴漢」を例に考えてみます。
痴漢被害の場合、「露出が多い服装をしていたのでは?」「ちゃんと抵抗したの?」と被害者側に非があるような意見が出ることがあります。
そして、なにより被害者自身も「何か自分にも悪いところがあったのでは…」と考えてしまいがちです。

フェミニスト・ナラティブ・アプローチでは、被害を被害者の問題にするようなことはしません。
「外在化する会話」を通して、痴漢は痴漢行為が問題なのであり、被害者の行動やこころの弱さなどは問題ではないというように、問題を外在化していきます。

ナラティブアプロー外在化の図

軸となる考え方の2つめの「新しいストーリーへの書き換え」も少し似ていて、「私が悪いのでは」というドミナント・ストーリー(支配的な物語)から「悪いのは加害者」というオルタナティブ・ストーリー(もう一つの物語)に書き換えていきます。

加害者のドミナント・ストーリー

性犯罪における加害者が強く信じているドミナント・ストーリーとして「強姦神話」と呼ばれるものがあります。
以下のようなものです。

・イヤよイヤよも好きのうち
・男の性欲はコントロールできない
・本当にイヤなら本気で抵抗したはず など

・・・なかなか。簡単に書きましたが、こうした意識が実際に裁判などでも問題になることも多いようです。

たとえ自分から相手の家に行ってレイプ被害に遭ったとしても、責められるのは加害者であるべきですし、被害者に説明責任を求めるようなことはなくならないといけないと思います。

被害者だけでなく、加害者自身のストーリーも書き換えていく必要がありますよね。

その他のアプローチ

主に認知行動療法、ナラティブ・アプローチからフェミニストカウンセリングの考え方について紹介してきました。

「ジェンダーの視点で」というのが、少しイメージしやすくなったでしょうか?
例の中でも出てきたような考えや信念のようなものは、比較的長い期間かけて親や社会などの外部から伝えられたり、当たり前のように感じられるものもあるかと思います。
これらを今日明日に変えることは、やはり難しいことだと思います。
それはやはり、自分自身の行動の規範になっている場合も多いからではないかと思います。

そのため、フェミニストカウンセリングでは、複数人のグループでのアプローチにも力を入れています。
ロールプレイなどを通して他の人の意見に触れたり、フィードバックを得ることで新しく気づくことも多いだろうな、と思います。

私自身はフェミニストカウンセラーとしてカウンセリングをしているわけではないのですが、今後の取り組みとして、そうしたワークショップもやってみたいな、と思っています。

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対象は女性?

さて、最後になりますが、ここまで読まれた方は、フェミニストカウンセリングの対象は女性に限られる、と思われたでしょうか?

井上(2010)は今後の重要な課題の一つとして以下のように述べています。

社会的に「みえない」存在とされているマイノリティグループに所属するサバイバーカウンセラーや当事者女性たちとのCR(Conscious Raising group: 意識覚醒グループ)的な話し合いを通して、新しい女性問題に対する有効なサポートを確立することにある。

そして、もっとも「みえない存在」として、男性の性暴力被害者やDV家庭で育った男性たちが挙げられています。

まだまだ実際の数として、女性の被害者、社会的な抑圧を受けているのは女性が多いので、サポート体制を整えることは絶対的に必要です。
そしてその一方で、男性の問題や生きづらさも目が向けられ、相談できる場所が増えたり、アクセスしやすくなればいいな、と思います。


(参考)
井上摩耶子『フェミニストカウンセリングの実践』世界思想社、2010




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