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スポーツとジェンダー① IOCの新しい規定の翻訳

今年は東京オリンピックが開催され、初めてトランスジェンダーの女性が出場したことでも話題になりました。

そして先日、IOCが新しいトランスジェンダーの選手の規定を発表したという記事を見て気になっていたのですが、指標の内容や翻訳が見当たらなかったので、DeepLを用いながら内容を見ていきたいと思います。
もとのスライドが見たい人は次のURLから見てみてください。

オリンピックにおけるトランスジェンダーの参加の歴史

まずは、オリンピックにおけるトランスジェンダーの参加の歴史ですが、最初に参加が認められたのは2003年。
ただ、実際に選手の参加があったのは今年の2021年の東京オリンピックでした。

スライド5

2003年時点では性別適合手術などの厳しい条件がありましたが、2015年に改訂されています。

現在の参加規程は以下の通り。

1. 性自認が女性であることを宣言
2. 宣言した性自認は4年間変更不可
3. 出場まで最低1年間血清中テストステロンのレベルを10nmol/ℓ以下に維持
4. 女子カテゴリーで競技を希望する期間中を通して血清中テストステロンのレベルを10nmol/ℓ以下に維持

(参考)『データでみる スポーツとジェンダー』

これはMale to Femaleの規定で、Female to Maleの場合の条件はありません。
それもなんだかなあ、というかんじですが、やはり身体的に男性のほうに優位性がある、ということなのでしょうか。

オリンピックにおける性別確認検査の歴史

さて、次は性別確認検査についてです。
どのような検査が行われてきたのでしょうか?
それぞれの方針での批判と変遷を表にしています。

変遷を見ると、普通に考えるような「生殖器で判断すればいいのでは」「性染色体がXYなら男だ」「ホルモンの数値を見ればいい」というようなものはすでに導入され、そして批判を受けていることがわかります。

これらの批判を見て思ったのは、選手に不必要な精神的・身体的負担を押し付けないこと、科学的な根拠を求めること、検査を受けることを当然としないこと(プライバシーや人権問題)が述べられていることです。

今回のトランスジェンダーの選手の出場に関する報道から、なんとなく日本では、個人が求めることを達成するためには(望んだ性で出場するなど)、ある程度の負荷がかかっても仕方ないじゃないか、自分がそうしたいんでしょ?と思われている雰囲気がありそうなかんじがしました。

たとえ何らかの検査や条件が必要であったとしても、それは最小限で、最低でも科学的根拠や正当な理由が備えられているものでないといけないと思いました。

選手や専門家、協会関係者などとの話し合いでの気づき

今回の会議は専門家や選手など250名以上で協議されたようですが、その中での学びや気づきがまとめられています。

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ここでの「不当な利益」「不当な優位性」についてですが、スポーツによって、速さ(俊敏性)や筋力、判断力など、勝つための重要な要素は変わってきますよね。
参加の意思や人権に配慮しながら、何が不当な優位性となるのか、見当が必要だと述べられています。

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ここで重要だと思ったのは、実際に選手自身からも意見を聞いていること、科学的な根拠が重視され、検討されていること、そして一律に条件や値を適用するのではなく、それぞれのスポーツごとに何が優位な条件になるのかを踏まえて検査などを行うように提案していることです。

正直、私自身はスポーツに詳しいわけではなく、それぞれのスポーツに何が優位な条件になるのかはよくわからないのですが、IOCとして一律にではなく、競技ごとに決める、というのは一つなのかなと思いました。


余談ですが、この「学んだこと(we learned that)」「よって、以下の代わりに(so, instead of)」「こうすべきだ(we should)」の書き方がすごくいいな、と思いました。

こういうフレームワークにすることで、現状の問題点と、どのように改善すべきなのか、どの方向に向かうべきなのか、ということが明確に整理しやすいですよね。

政治家の方に対して、「○○の問題に対して、どう考えるか、どう取り組んでいくか」という質問が投げかけられることも多いですが、なかなかこの枠に整理できるような回答って得られないような気がします。問題と対処がかみ合っていなかったり…。
こうしたフレームワークを使うのもいいな、と思いました。

強まる男女二元制

これまでトランスジェンダーの選手の参加の歴史、性別確認検査の変遷などについて見てきましたが、これらの議論は、次の指摘のように「男か女か」という区別をより強める論争になっています。

トランスジェンダーの参加規程については、しばしば選手の安全を担保することが理由に挙げられるが、テニスのようにコンタクトをともなわないスポーツにおいても同様の規定がある。これらの規定によって、トランスジェンダーの選手の身体にスポーツ組織が医学的に介入し、どちらかの性別に振り分けることによってその存在を不可視化することは、スポーツにおける性別二元制のシステムの維持、強化に結びつくことになっている。

『データでみる スポーツとジェンダー』

今年のオリンピックでは、過去最多の男女混合種目が設置されました。

しかしながら結局、私たちはどこまでも「男」か「女」かで区別していくのでしょうか?

IOCの立ち位置

IOCは、ジェンダーカテゴリーに関して積極的な統制を行うのか、そうではなく区分を取り除いていくのか、どちらかの選択を期待されているが、それは間違いだと述べています。

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オリンピックの目的

オリンピック憲章(2020年版)を見てみると、以下のように「生き方の創造」「平和な社会の推進」など、勝ち負けによらない、より大きな使命を背負っているように思われます。

1. オリンピズムは肉体と意志と精神のすべての資質を高め、 バランスよく結合させる生き方の哲学である。オリンピズムはスポーツを文化、教育と融合させ、生き方の創造を探求するものである。その生き方は努力する喜び、良い模範であることの教育的価値、社会的な責任、さらに普遍的で根本的な倫理規範の尊重を基盤とする。
2. オリンピズムの目的は、人間の尊厳の保持に重きを置く平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てることである。

オリンピック憲章(2020年版)

区別や公平性に関しても、目的によって何が公平なのか、何を重視すべきなのかは変わってくるのではないかと思います。

スポーツの目的は何か?意義とは何か?スポーツマンシップとは?
メダルを取れなければ、今まで自己ベストを更新するために努力してきた過程は無意味なのか、と言われるとそうではないですよね。

次の記事もとても面白かったので、もしよければ読んでみてください。

こうした流れを受けて、各競技団体はそれぞれにおけるフェアネスについて協議していくことになると思います。

選手一人一人にとって、性別や性自認は単なる区分ではなく、一人の人間を構成するアイデンティティであり、勝敗やメダルのために軽視されてはいけないものだと思います。
緻密に、丁寧に議論が進めばいいなと思います。


(参考)日本スポーツとジェンダー学会『データでみる スポーツとジェンダー』八千代出版、2016


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