【短編小説】少女と竜神【#第二回絵から小説】
「お前が今年の供物か?」
ドラゴンはその大きな翼をはためかせると低い声で問うた。
洞窟の中にその低い声が響く。
ドラゴンの鼻先に触れそうな距離で一人の少女が立っていた。
美しい白い絹の衣を纏ってはいるが、その手足は細く、少女が決して裕福ではないことが見て取れる。
「はい、私がそうです」
少女は抑揚のない声でつぶやくと、
「どうかこの身とひきかえに竜神様の怒りをお鎮めください」
と、すらすらと口上を述べた。
「…………」
ドラゴンは少女を見る目を細めた。
「そのような丸暗記の言葉は要らない。毎年、毎年、同じ言葉に飽き飽きしている」
面白げもなさそうにドラゴンは言うと鼻先で少女を突いて言った。
「少女よ、お前の名前は何という?」
「え?」
ドラゴンに小突かれよろめいた少女はきょとんとした表情だ。
「名前だ。これから喰う奴の名前を知っておこうと思ってな」
「えっと……私は……供物になったときに名前はとられちゃって……」
「そんなことはどうでもいい」
ドラゴンは心底つまらなそうな声をあげる。
「お主らの取り決めなど俺はどうでもいい。お前の名前はなんなのだ?」
ドラゴンの鋭い視線を受けて少女はしばらく黙ったが、やがて、
「……シロ」
と答えた。
「ほう、シロというのか。よい名ではないか」
ドラゴンが小さく口の中で笑うと、シロは不思議そうに首を傾げ、そして言った。
「ドラゴンさんにも名前はあるの?」
「ふはははっ!」
ドラゴンは地を揺らすように笑う。
「面白いことを言う。あるに決まっているではないか。まさか人間以外の生き物には名前などないと思っていたのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
ドラゴンはひとしきり笑うと、
「俺の名前はディルムッド。我が名を知ることの出来る人などなかなかおらんぞ。光栄に思うが良い、シロよ」
不遜に笑うディルムッド。
しかし、シロはもう先ほどまでの様な恐怖を感じていなかった。
「ディルムッド……」
小さな声で目の前の翼竜の名を呼ぶ。
自分の名を誰かに呼ばれるのはいつぶりだろうか。
両親が流行り病で亡くなり、家族から名前を呼ばれることはなくなった。
竜神様への供物となることが決まってから、友達からも名前を呼ばれることはなくなった。
自分に『シロ』という名前があったことも先ほどまで忘れていたくらいであった。
ディルムッド……この竜に喰われて命を失うのであればそれもまた良いのかもしれない。
「シロよ、お主は何が好きだ?」
ディルムッドはゆっくりとシロに言葉をかける。
「好きなもの?」
「そうだ。食い物でも良い。音楽や景色でも良い。お前の一番好きなものを最後にくれてやろう」
そのドラゴンの声は地を揺らすほど低く、そして暖かかった。
「私、踊るのが好き」
「ほう」
「毎年、村の祭りでみんなと踊るの」
「そうか」
シロの言葉をディルムッドは優しく受け止めると、ゆっくりとその大きな体を起こす。
喉をグルルと鳴らすと口から炎を吐き、洞窟の中に設置された松明に火を灯していく。
「……わぁ」
シロが感嘆の声をあげる。
赤々と照らされた洞窟。
そこには様々な美しい彫刻で装飾された祭壇が存在していた。
ディルムッドはくるりと身を翻すと祭壇の奥、玉座へとその体を横たえた。
「踊るといい。シロ、今宵はお主だけの舞踏会だ」
ディルムッドの言葉にシロは笑顔を見せた。
音楽のない静かな静かな舞踏会。
くるりと少女が回ると、その白い衣が美しくなびく。
洞窟の中に少女のステップとかすかな吐息が響く。
松明が方々からシロを照らし、彼女が回るとその影もくるりと回る。
観客はディルムッドただ一匹だが、それでもシロは体全体で喜びの舞を舞った。
この世界に生まれてきたのは、きっと今この瞬間を楽しむためだったのだと、そう感じながら。
やがてシロが祭壇の中央でひらり舞い、そして動きを止めた。
まるでしめし合わせたかのように松明の炎が消える。
再び辺りは暗闇を帯びた。
大きく息を吐いたシロは言う。
「ありがとう、ディルムッド。優しい竜神様」
「いや。シロよ、俺の方こそ良いものを見せてもらったぞ」
一人と一匹はゆっくりと近づくと真っ暗闇の中で微笑みあった。
「じゃあね。さようなら、ディルムッド」
「うむ。さらばだ、シロよ」
洞窟の中に竜神の足音が響く。
少女を包む闇がその深さを増していき、そして少女は――
✒あとがき
読んで下さってありがとうございました。
こちらの企画に参加させて頂きました。
テーマから作品を書くのは楽しいですが、絵からというのも良いですね。
お題としてあげて頂いている3作品はどれも素敵でどの作品で書こうか悩みました(特に3つ目とかなり迷いました。あの引き込まれそうな目がいいですね。)
まだ〆切までは一週間以上あるので興味のある方は是非!
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