《 短編 》しにそこないの帽子




ここは街の帽子店。
幼い子どもからお年寄りまで、
いろんなひとがおしゃれな帽子を求めてやって来ます。

「これは暖かくていいや」
「こっちは流行りの帽子だね。僕もほしい!」

賑やかな店内と華やかな帽子に、
今日も笑顔の絶えないお店です。


そんな中、店の奥にポツンとたたずむ帽子がおりました。
こっくりまあるくキュートなベレー帽です。
彼は年がら年中そこにいました。
お客は数知れずとも、彼に目をやる人はひとりもおりませんでした。
帽子はいつも退屈でした。

「ベレー帽を探しているのだけれど。」

あ!彼の出番です。
ところが、

「ベレー帽でしたら新作がこちらに」

と店員さんは店の反対へ案内してゆきました。
店の人も、そこに彼がいるのをすっかり忘れてしまっているのでした。


秋も、冬も、
朝や夜にも、彼の出番はありませんでした。

そんな季節を繰り返して、彼の心はすっかりふさいでしまいました。

「僕なんてしんでしまえばいい。」

あるときふと、帽子は思いました。
落ちてつぶれて、ぺしゃんこになって、
使い物にならなくなれば、処分されるほかありません。

「そうだ、それがいいや」

彼は店で1番高い棚の1番高いところへ置かれていたものですから、
毎日少しずつへりへ近づいて、落ちてやろうと思ったのでした。


その日から彼はちっとも退屈ではなくなりました。
手や足はないけれど、自分の体をずりずりと少しずつ動かす忙しい日々になりました。

あと15センチ、14センチ、…

季節は夏から秋へ変わろうとしていました。
いつの間にか、棚のふちから彼の体が半分ほどもはみ出すようになっていました。


ある日、

「あっ!」

ついにやりました。とうとう彼は床へ落っこちたのです。
彼は達成感でいっぱいでした。

「これで、ぺしゃんこの僕を誰かが見つけて、
誰かがいらないねと言って、
誰かがポイとゴミへやって、
誰かがゴウンゴウンと燃やしてくれたなら、僕はしねるんだ。」

と、そこまで考えて彼は気づきました。
しぬとは、面倒なことなのだな、いろんな人間の手を借りることなのだな、と。

彼は、落っこちた自分をどんどん恨めしく思うようになりました。

「僕が帽子でなければ、手や足があれば、
自分の力で燃えてやるのに!」

帽子がこんなに店の隅で悶々としていることを、
店員さんもお客も知り得ません。

彼の退屈な毎日が、今度は床の上で始まりました。


もっとうまく落ちたらしねただろうか、
いっそ落ちずに色褪せるべきだっただろうか、

しだいに後悔の気持ちが強まったとき、
とある声が聞こえました。

「はて、こんな帽子あったかな」

帽子屋の店主です。
落っこちた帽子を見つけて拾い上げたのです。

「ずいぶんと色褪せてしまって…。これでは商品にならないな。」

店主は店の奥へ引っ込むと、なにやらゴウンゴウン音を立て、
それからガタガタチクチクと夜更けまで音は続きました。




「どうだい、私の新しい帽子は」

店主は、お客に自分の頭を見せました。

「あら、新しいお召し物ね。すてきだわ。」

お客は答えました。

"彼"にとって、はじめての褒め言葉でした。



あの夜、落っこちた帽子を見つけた店主はすぐに洗濯をし、縫い直し、つぎはぎして、
新しい自分の帽子へと仕立て直していたのでした。
しにぞこないの帽子は、

「あぁ、生きていていいこともあるもんだ」

と思いました。


…………………………


いつか絵本にしたいと思う作品が出来ました。

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