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"オンライン"が代替するモノの正体

突然世の中が変わったという実感がない人は、だいぶ少なくなったと思う。

僕は、多数の人々がこんなに情報技術を渇望する時期が突然訪れるとは、まったく思っていなかった。これがなければ、普通に5年10年とハンコは生き続けただろうし、テレワークも全然普及しなかっただろうし、長時間会議室に缶詰になるような非効率な働き方を続ける会社もたくさん生き残っただろう。

価値観が大幅に転換するその時に今僕らは居る。
「Before COVID-19」と「After COVID-19」の断絶は大きい。

人々はSkypeやZoomで会議や授業をやり、業務連絡はSlackなどのチャットツール、Webからの問い合わせはAI搭載のチャットボットが対応して、位置情報のビッグデータを使った感染症対策を行う・・・一昔前に盛んに言われていた「情報技術が生み出す新しい未来」が突然来たような錯覚にすら陥る。

情報技術が代替できるモノ、できないモノ

情報技術をかじった僕からすると、はっきり言って、とてもやりやすくなった。仕事で言えば、口伝は排除され、チャットで飛び交う知見は検索可能になり、言った言わないが減少し、色々なことが効率的になる。こうやって、多くの情報技術が日常的に使われるようになることを、僕は望んでいた。

でも一方で、僕は、情報技術が全てを明るい未来にするとは思っていない。何か、過剰な期待が情報技術にかかっているような感じもあるし、うまく表現できないが、僕の中のもう半分の部分が違和感を訴えている。

今僕がWeb会議システムやチャットツールで、円滑に仕事上のコミュニケーションが行えるのは、今まで職場で培っていた人間関係があるからだ。この場合、オンラインが代替しているのは、人間関係を築いた後の繋がりだけだと思う。

例えば、人間関係のうちには「同期のつながり」というものがある。
今年入社した新人たちは、同じ部署にでも配属されない限り、同期の顔も名前も覚えていない。入社後の新人研修だけでなく、同期との飲み会やイベント、そういったもの全てに「待った」がかかったからだ。

この状況で、彼らは同期を頼って仕事を融通したりされたりすることが難しいと思う。どうしても形式ばったやり取りをするしかなく、円滑に行くまでには少し時間がかかるだろう。

オンラインで人間関係を築くこと、想像力について

社会を構成する多くの人はまだ、オンラインで関係を1から作ることに慣れていない。(僕自身は、オンラインで知り合った友人が何人か居るので、例外に入るような気もするが)

しかし、この状況が続くうちに新たな秩序が出来上がって、少なくない人々は、オンラインで新しい人間関係を築くことに抵抗がなくなるようになると思う。あるいは、親密な人間関係がなくとも、色々なことがうまくいくようになるかもしれない。

ただ、目の前で会うことがある人間とでさえ、想像力の欠如して関係が悪化することがある。オンラインでは、相手の立場を思いやったりすることが、さらに難しいだろうと思う。SNS上で起きている沢山の分断を見れば、それは容易に想像が付く。人々は見たい意見だけを見て、Amazonにサジェストされた商品ばかりを買う。その状況で、どうやって他人の価値観を導入して「想像力」を養うことが出来るだろうか?

そう考えると、「Before COVID-19」のときの全てを、情報技術で代替することは、たぶん無理だ。そこには代替可能なモノと、そうでないモノがあるような気がする。

それは、きっと徐々に明らかになっていくだろう。

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