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『七つの退屈』ep.未処方硲「薬要らずの健康体~侵せ、毒。」⑥

6.

「まあ、なんて麗しい貴婦人……好きよ」


 時は戻り。


 薬品会社『アクタボン』を内包する、大人の欲望に汚染されたビルディング。


「好き、好き、好き、愛してる……かわいいわね……まあ、クール……素敵よ!」


 そこの入り口に備えられた受付台で愛と愛想を振りまくのは、溌溂とした笑顔が印象的な、小柄で元気な女性ただ一人。

 かつては数人単位で配属されていた受付嬢だが、ここ最近の大胆な人事采配でほとんど全員が契約を切られ、いまは彼女がひとりで、ビルの顔を勤めている。


 受付嬢としては優秀であるはずの彼女は、しかし。


「おい、またやってるぜ、『発情姫』だ」
「なんですか、『はつじょうき』って」
「あの受付嬢の綽名だよ。噂じゃどうやらバイセクシャルらしい、男だろうが女だろうが、人間と見れば見境なく告白して回る、不埒な女だ。気をつけろよ」
「へえ……好きになるのがだれでもいい、なんて、ひどくつまらないですね」


 ──だれでもいい、つまらない。……似てるな、僕と。


 彼女を取り巻く噂が、休憩中の未処方の耳にどんどんと吸い込まれてゆく。


「あたし、発情姫に三回も告られちゃってさあ」「え、まじまじ、わたし二回だよ! で、どうしたの?」
「どうしたもこうしたもさ、相手にしないでしょ。なんだか気味悪い」
「でも、よく色んな人への口説き文句が次々と浮かぶわね」
「いや、あれはきっと、みんなに同じようなこと言ってるだけよ。それでもどうにかなると思ってるんでしょ」


 ──みんなに同じようなこと、ね。……ますます、僕みたいだ。


 未処方は壁に背中を預けながら、活発な女性を眺めて黄昏る。


「だれに否定されても、わたしは人類みんなを愛し続ける──わたしは、だれも差別しないわ。ねえ、そこの澱んだ目をしたお姉さん、わたしが愛してあげるわ!」


 ──その頑ななスタンスは、でも、僕とは全然大違いだな。


 未処方は缶コーヒーを口に流し込みながら、さして苦そうな顔もせず、女性から目を離そうとする──と、彼女の目の前に、馴染みのある顔が覗いた。
 
「恋に仕事に忙しいところすなまいが、受付嬢さん」

「わたしのは恋ではなくて愛だけど、なんでしょう」

「単刀直入に聞こう。きみは、占いというものを信じるか?」


 ──占い?


「占い、は……あんまり信じないけど。血液型とか星座とか、そんなのが一緒でも、根本から違う人間なんてごまんといるし」


「そうか、そうだよな。……じゃあ、もうひとつ聞いていいか」


 未処方にしては珍しく、他人の会話に集中して耳を傾ける。


 意外といえば意外な人物同士の邂逅だったが、しかし次に未処方の耳に飛び込んできた言葉は、意外というよりは、異様な言葉だった。


「占いで示された未来は、変わることがあるのかな?」


 ──未来が……変わる?


 休憩の時間は終わり。そろそろ、一日の業務を終わらせる段取りだ。

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