『七つの前屈』ep伝導寺真実「瓢箪の中で回る駒~捲れ、舌。~」
9.
未知標奇跡は、どんな選択も己の意思では選ばない。
選ぶ必要がない。彼女の恵まれた未来は、天の女神さまが運んでくれる。
歩むべき道も、進むべき路も。
人差し指が教えてくれる。
奇跡ちゃんには、いいことしか起きない。
示された選択に従って生きていれば──後悔が生まれることもない。
次の舞台の主役は、彼女。
幸運に導かれる女子高生──未知標奇跡。
そして。
「結婚することに決めました。もう、だれのどんな邪魔が入っても、この意思は揺るぎません!」
受理枝塗路澪。じゅりえっとろみお。宿命に抗う跡取り息子。駆け落ちの貴公子。
「僕は絶対、これから先なにがあっても、だれが邪魔をしてきても──クナガイさんを守り抜く。改めて誓うよ」
彼は夕暮れに差し掛かろうとする公園で、声高に誓いを立てる。ひとりの青年に向かって。
「その誓いは僕じゃなくて、彼女にしてあげたほうがいいんじゃないかな、受理枝塗くん。きみたちはもうこれで晴れて、ほんとうに心から愛を誓い合った、恋人同士なんだから」
伝導寺真実には、未来が視えている。
確定したその先が。
『きみはその人と、一緒にならないほうがいい。結婚なんて、するべきじゃないよ』
真実はたしかに今朝、遠牧婚に対して、そう言った。
だが一言も、『結婚しない』などとは、口にしていない。
正直者は、嘘がつけない。
「ね、だから言ったでしょ。きみと彼女は、駆け落ちを決意するって」
「いや、まったく。あんたの言う通りだった!」
遠牧がここに来る前──ここに来て、恋人である受理枝塗との駆け落ちに踏み切るべきか、占ってもらう前に──その相手である彼もまた、伝導寺真実の元を訪れていたのだ。
そして、すでに視えていた。
『結婚してはいけないって、そんな!』
『落ち着いてよ。不安を大声で掻き消そうとしないで──どこぞの族長じゃないんだからさ。結婚してはいけないなんて、僕は口にしてない。そんな正直は吐いてないよ』
『え?』
『たしかにきみと彼──遠牧婚と受理枝塗路澪は、結婚しない方がいい。でも、それでもするんだよ。きみたちは、どんな宿命にも抗って、愛し合うんだ』
『──! ほんとう……ですか』
『ほんとうだとも。信じて。僕は、嘘がつけないからね』
どんな物語にも、続きがある。
文脈の果てがある。
人生は、続いていく。
「では、僕たちはこれで。ありがとう、占い師さん!」
去っていくひとりの背中を眺めながら。
ふたつがひとつになった文脈の先を見据えながら──伝導寺真実は、静かに、息を吐く。
「『ありがとう』だなんて……そんなの、言われる筋合いはないよ」
どんな物語にも、続きがある。
「僕はまた、救えなかったんだから……きみたちを」
生きている限りは。
宿命を背負った彼らの身に降りかかる未来を、予見していながら。
伝導寺真実には、それを教えることしか、できないのだ。
「いったいいつまで、このつまらない毎日は続くのかな」
泥棒と疑われなかったサラリーマンにも。
愛人の蜜月を目撃した受付嬢にも。
人質を傷つけながら救出した喧嘩屋にも。
三者面談を滞りなく終えた女子高生にも。
事件の全貌を追いながらその一端を処理した刑事にも。
学級会の意見がまとまらない委員長にも。
明日はくる──立つべき舞台は、もうそこに、用意されている。
「僕はだれと出会えば、変わることができるのかな」
次の舞台の主役は、彼。
個すらも見通す予言人。
超直感の超能力者。
道聴塗説の未来人。
『正直』に懐かれた占い師──伝導寺真実。
「どうせ、変わらないんだろうけど」
正直に懐かれた彼が決断を迫られるまで、あと──。
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