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七つの前屈ep.硝子張響「血塗の赤春~壊せ、傷。~」⑥

6.


「期末試験前の三者面談も、ぶじに終わったねー! いやあ、進路かあ。大学生になっても、きっと幸福なんだろうなあ。未来は明るいね!」



 姉の携帯を使って響を呼び出した男が指定したのは、とある倉庫。



 公園からそこに向かうには、ひとつ交差点を突っ切らなければならない。

 タイミングの悪いことに、響がその交差点に差し掛かったとき、信号は赤色に点滅していた。

 車が飛び交うその中を走り抜けるわけにもいかないので息を整えながら信号機の表示の色が変わるのを待っていると、隣では近隣の高校の制服を着た女子高生が、なにやら楽しそうに話す声が耳に入ってくる。



 ──試験だの進路だの、お気楽なもんだな。



「でも大変だよねー、学生生活って。恋に勉強、部活にバイト。やること為すこと青春青春って、気疲れしちゃうよ」



「そうかなあ、青い春ってなんだか神秘的な響きで、奇跡ちゃんは好きだよ。こう、神様が『奇跡ちゃん、ここに青い春を用意してあげたから、目いっぱい楽しむんだよー』って、プレゼントしてくれたみたいで!」

「……相変わらず、未知標ちゃんはポジティブだなあ」



 ──ほら見ろ。学校なんて生温い形態に漬かってると、すぐ隣のやつとさえ満足に意識を統一できねえ。友達なんてもんは、自分を守ってくれるものになりゃしねんだよ。



 かみ合っているようでかみ合っていない、青春真っ盛りの華の女子高生の会話を聞きながら、響は苛々を募らせていく。



 正しさにも恋愛にも興味を持たない彼は、学校教育を否定する。



 家庭も学校も、自分が存在していい理由には成り得てくれない。



「うれいてもなげいても、どうせ明日は来るんだからさ。だったら、笑ってないと損ってもんだよ」



「でも、さ……。なんか、心が痛まない? こう、人生って、選択の連続じゃん? 月並みな言葉だけど。なにかを得るにはなにかを失わなくちゃいけなくて、目の前にあるものをいちいち取捨選択してさ。こんな、十代の子供がだよ? わたしたちは神様かよ、って、思っちゃったりすることない?」



 車道側の青いライトが、点滅する。



『停まれ』の時間は終わり。



「うーん……あんまし思わないかなあ、奇跡ちゃんは」



 ──痛えのはみんな痛えんだ。自分だけが特別だなんて、思い上がんな。



 歩道側に青い光が差せばまた、走り出さなきゃいけない。



 壊れていく未来に向かって、突き進まなきゃいけない。



「だって奇跡ちゃんの幸運は、運命の女神さまが運んできてくれただけのもので、奇跡ちゃん自身がなにかを選んだりとか、するわけじゃないしね!」



 ──痛くても傷ついても、進まなきゃならねえんだ。



 信号の色が切り替わる。



 少女と青年の人生は、ここで一度、すれ違う。



 次の舞台で、巡り合うまで。

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