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首吊りした母は「ご遺体」ではなく「死体」だった

父から母の自死の連絡を受け、実家に向かうタクシーの車中での感情は、動揺、悲しみ、そして恐怖でした。

なんの恐怖かと言うと、これから経験したこともないおぞましさに立ち向かわなくてはいけなくなるような、得体のしれない感情でした。

具体的に言うと、首吊りした母の遺体にご対面しないといけない怖さです。親の死に立ち会う時って、病室や自宅の寝室などで家族が囲んで見送るものだと思っていたので、このような生々しい死に方に向き合う心の準備が整っていませんでした。

そしてこれは誰しも話題にした経験があると思うのですが、「■■で自殺した死体って✕✕らしいよね!」などの自殺後のヒドい状態にまつわる噂…。

まさか自分が当事者になるとは思ってもいずにしていた、無責任な噂話。

その中で、「首吊り自殺の遺体の状態は汚い」と過去に聞いたことがあったので、どんな状態になってるのだろうという不安があるのを、あえて感じないようにしながら自宅のドアを開けました。

出迎えてくれた父は、動揺して高ぶり、焦っているように見えました。早口で状況を説明してくれた記憶がぼんやりあります。「お父さんが帰ってきた時には洗面所で死んでてさ、早く下ろしてあげたかったからお父さんが紐を切ったんだよ。そして警察を呼んだんだ。そしたら、お父さんが殺した可能性を疑われてさ、なぜ紐を切ったんですかってしつこく質問されたんだ」と私にも言い訳するかのようにまくし立てました。

自分も妻を亡くして悲しいのに、警察に疑われたという悔しさを私に何度もぶつけてくるのですが、わたし的には「え?気にすんのそこ?」って言葉しか浮かばず…。あえて口にはしませんでしたが、何かポイントがずれているような違和感でいっぱいでした。まぁ、父といるといつもそうなのですが。父と価値観が常に合わずだったのが、実家を出た大きな原因の一つでもあります。


私が到着する前、父は親戚など各所への電話を矢継ぎ早にしていたようで、母はリビングに裸のまま転がっていました。なぜ裸なのかを聞く気力と勇気がなく(警察が取り調べたのでしょうか?結局聞かずに終わりました)、その横で父が電話を再開し、親戚の誰かに「○子(母の名前)が自殺しまして…」と告げているのが聞こえました。

「そんな電話いつでもいいだろうに。なんでブランケット一枚でもお母さんにかけてあげないんだろう、この人は」と冷たい気持ちで父の様子を横目で見ていました。

母がよく着ていた水色のタオル地の部屋着が、母のそばに無造作に置かれていたのが目に止まりました。これを着たまま死んだのかな?そして死後に失禁などで汚れて脱がせたのかな?などと想像してから、それ以上は許容オーバーで思考をストップさせました。

そして、改めて母に向き合いました。

母は彫りの深い、誰からも美人と認められるタイプの顔だちでしたが、この時は無残に舌がはみ出したまま、ひいた顎は2重のシワを作りながらそのまま死後硬直でかたまり、美しい母とはかけ離れた形相で時が止まっていました。

裸にされた胸は、これほんとに脂肪なの?ってくらいかたく見え、腕かどこかを触ってみたらそれも冷たくかたくて、ホラー色の強いマネキンみたいでした。

病院で亡くなっていたとしたら、きっと「これがお母様のご遺体です」と看護師さんなどに丁寧に扱われたのでしょうが、

父が出勤してすぐに独りで死んだ母は、独りで呼吸を止め、独りでかたく冷たくかたまり、警察か父に雑に扱われ転がされたまま放置されていたのです。

この惨状は「ご遺体」という言葉より、「死体」って言葉がぴったりくるなぁ…とまるで感情を亡くした第3者のようにぼーっと母を見つめていました。涙は出ていたようですが、悲しみよりも虚無感で何かが麻痺した状態に近かったのかなと、今になってはそう分析します。

その後の記憶がほぼなく、細切れのシーンだけがかろうじて思い出されます。自宅で独りで亡くなった場合、検死される必要があるため、母は担架か何かで運び出されました。マンションのエレベーターに乗せる時、担架が長くそのまま積み込めなかったので、エレベーターの奥を扉状に開いて積み込んだのですが、「そこ開くんだ?!」と驚いたシーンだけがなぜか記憶に刻まれているのが不思議です。

その夜は実家に泊まったのか、何か食べたのか、親戚への電話を終えた後の父と話したのか…スッポリと記憶が抜け落ちています。

「死体」扱いされていた母の体に、何か布をかけてあげたのが私だったのか、それとも違う誰かだったのかさえ全く覚えていないのです。

私自身も、その時の母を死体扱いしていたのかもしれません。生きてる時とあまりにも違うソレは、想定以上にこわかった。だから検死で一度運び出してもらったことにホッとしている自分もいたと思います。

こういった感情を持ってしまうこと自体が即座に罪悪感につながり、「実の母の遺体をこわがるなんて、私は本当に薄情な人間なんだなあ」と打ちのめされ、誰かに罰してもらいたい気分でした。




お母さん、ごめんなさい。



サポートしてくださるあなたにありったけの感謝を込めて…そのお気持ちにいやされます🥲🙏