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木の枝ではなく、幹を愛す。

関係を育む上で、『会話』はとても大切なこと。

『会話を楽しめるか』
『重要な物事に対して、会話できるか』

は、人間関係を続けていく判断基準として、大きなポイントです。

会話がつまらなかった彼

こんな経験があります。

3回ほどデートをしていた彼。

いっしょにいて幸せを感じられたし、好きではあったけど、
会話がぜんぜん合わなかったんです。

①冗談のセンスが合わない

まずは、冗談のセンス

例えば、渋谷でデートをしていて、
「どこかいいお店知ってる?」と聞かれて
(※彼は日本に来たばかりのアルジェリア人)
どのお店にしようか迷っていると、

「君、本当に日本人?」
と、からかってきたりします。

わたしのことをバカにしているわけではなく、
これは、彼なりの冗談。

でも、わたしとしては、おもしろいともイチャつけるような会話とも思えなくて、
不快な思いだけが溜まっていきました。

②話が長い

彼の話は、とにかく長い
一つ質問したことに対して、5分くらいずっと喋っているんです。
(実際は3分くらいかもですが、体感5分)

細かなことまで説明してくれて、
しまいには、話がどんどんズレていく・・・。

着地の見えない話にずっと耳を傾けるのは、
正直苦痛の時間でした。

③話の要点が分からない

質問に対しての答えが、はっきりしないんです。

例えば、
「いつも奢ってくれるけど、それって本当に大丈夫?」
と聞いたとき。

「YES」or「NO」の返答ではなく、
アルジェリアでは女性が家庭に入って男性が家族を養う文化があるという話になって、
なかなか結論にはたどり着かないし、回答が答えになっていないことも。

分かり合うために、話し合ったことも

このことについて、勇気を持って伝えてみたこともあります。


このまま何も言わずにさよならする道も考えましたが、
『会話に対する問題』以外は文句はなく、

問題に向き合わずにただサヨナラをすることは、
人格を否定する必要もないし、簡単な行動だけど、

少しでも可能性があるならば、問題に立ち向かうべきとも思ったからです。

結果は

ただ、結果は、
問題は解決しませんでした。


彼は怒らずに、冷静にわたしの話を聞いてくれて、
「chiiが言っていることを理解した」とは言ってくれたものの、

『会話の仕方』というものを、簡単に変えられるわけではないし、
「問題は、二人の言語が違うからだ」と、的外れの解釈をしてきて、
要点のついた話し合いをするまでには至らなかったんです。

話し合った後の疲労感は、相当のものでした・・


むやみに疲れる必要はない

粘り強く、話し合いを何度も何度も続けて、
お互い努力して、多大なる労力をかけて改善していくこともできるでしょう。

”愛は努力が必要で、愛はそれだけの力だある”というのなら、
そうべきなのかもしれません。

でもまたは、
無理に相手を変えようとしたり、我慢して苛立ったりせずに、
しぜんに、会話が合う相手を探したほうがいい
という風にも思っています。


”どうしても、この人がいい。何が何でもこの人を愛したい”
とまで言い切れる覚悟があるのならば、努力すべし。

でも、”試してみようかな”くらいの軽い気持ちなのであれば、
自分を苦しめる前に、身を引く
のも賢い選択だと思っています。

木の幹を、愛しているか

愛には努力が必要だし、
相手の欠点を受け入れる寛容さも必要だけど、

いっしょに改善したり、受け入れたりすべき部分は、
木で例えると、”枝葉の部分”に対してだと思っています。

木の幹を、変えることはできない。


枝葉に恋をしても、木の幹を愛せないんだったら、
それは、本当には愛していない
し、

逆にいうと、
木の幹を愛せるのでれば、
努力をして、木の幹も愛すべき
なのでしょうね。


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