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ティルドラス公は本日も多忙③ 冬終わる日に人来たる(34)

第七章 結婚政略(その4)

 「私には将来を誓った相手がいる。」少し口ごもりながらも、ティルドラスははっきりとした口調で言い切った。
 「トッツガー家のミレニア公女でございますか。確かに、ミレニア公女を正室に迎えることができるならば、トッツガー家を後ろ盾とすることで伯爵の地位は盤石のものとなりましょう。それはそれで、大いに結構なことと存じます。」
 「私はそんな話をしているのではない!」珍しく語気を強めるティルドラス。
 「私はそういう話を申し上げているのです。」諭すような口調でアンティルは言う。「例えば、伯爵がジュネ公女を側室に迎え入れられて手厚く遇されるならば、刃(やいば)に血塗ることも、遺恨を受けることも一切ないまま、カイガー家を平和裏に我が国の傘下に収めることが可能でございます。しかし伯爵がミレニア公女お一人に執着してジュネ公女を迎えることを拒まれるなら、場合によっては、カイガー家はジュネ公女をクロード公子のもとに送ってケーソン家の傘下に入る道を選ぶやも知れませぬ。そうなれば我が国とケーソン家の勢力は拮抗することとなり、遠くない将来、エル=ムルグ山地内の覇権を巡って熾烈な戦いを繰り広げることとなりましょう。カイガー家を後ろ盾にすることができねば、伯爵が摂政から国権を取り戻すことも難しくなり、結果として、我が国は内部に分裂を抱えたままケーソン家との戦いに臨まざるを得ませぬ。そうなれば、結末は我が国の敗北、ハッシバル家の滅亡となる公算が大でございます。たとえ勝ったとしても多大な犠牲は避けられず、そこを他国に狙われる危険もありましょう。」
 「しかし――」言葉に詰まるティルドラス。
 「これは愛の問題ではございませぬ。」アンティルは続ける。「ミレニア公女にせよジュネ公女にせよ、伯爵が正室なり側室なりを迎えられるということは、即(すなわ)ち、その方の実家の国との結びつきを強めることを意味します。それは摂政から国権を取り戻す際にも、その後の国家の運営にも大きく関わり、伯爵家の民、さらに天下万民の運命さえも左右するものとなります。伯爵家の当主となられた以上、もはや、一庶人のようにご自身の愛情だけで婚姻の相手を選ぶことは叶いませぬ。好むと好まざるとに関わらず、ご自身の行動が多くの者たちの命運を決する立場にあることをご理解ください。」
 ティルドラスはしばらく黙然としていたが、やがて顔を上げると、アンティルに向かって問う。「では訊ねたい。ジュネ公女――、いや、ジュベ公子の話はしばらく置くとして、ミレニアを迎えてトッツガー家と結ぶこと自体は悪くないと言うのだな。」
 「はい。」頷くアンティル。
 「それを実現するのに、何か良い方法はあるだろうか。」
 「いくつか策はございます。」
 「教えてほしい。」
 「捕虜交換によりハッシバル家からトッツガー家に帰されたとはいえ、伯爵とミレニア公女の婚約自体は正式に解消されたわけではございませぬ。ならば、贈り物を手厚くし、天下の諸侯にも公(おおやけ)にする形でトッツガー家に婚約の履行を公式に申し入れる。これが上策と存じます。」アンティルは言う。「トッツガー家としても、公式の申し入れには公式に答えざるを得ますまい。正当な理由もなく婚約を解消すれば天下の諸侯の信を失うこととなりますし、我が国に対して無用の負い目を作ることも得策ではありませぬ。トッツガー家が縁談を認めざるを得ないような方向に話を進めて行くには、これが最善の方法でございましょう。」
 「おお!」目を輝かせるティルドラス。
 「しかし残念ながら、ほぼ確実にサフィアさまが反対されるはず。摂政にとって、ミレニア公女を正室に迎えることで伯爵がトッツガー家の後ろ盾を得るのは決して望ましいことではありますまい。おそらく理由にもならぬ理由をつけて、申し入れそのものを認めぬ道を選ぶと思われます。」
 「そうか……。」ティルドラスは落胆の表情を露わにする。
 「したがって、上策が取れぬ場合の次善の手段を考えておく必要がございます。中策として、伯爵が個人的にトッツガー家に使者を送って婚約の履行を申し入れる、という方法がございます。伯爵家としての正式の申し入れではない分、受けるかどうかはトッツガー家の気分に左右されることとなりますが、トッツガー家には人の器量を測るに当たって戦の強さ・得た領土の広さを基準とする風がございます。伯爵がバグハート家との戦いに勝利され、その領土を併せた今、伯爵に対するトッツガー家の印象は幾分良くなっているはず。そこに一(いち)縷(る)の望みがありましょう。」
 「おお!」ティルドラスは再び明るい表情になる。
 「上策・中策ともに、決して外せぬ条件が一つございます。それなくして、おそらく事は成就しますまい。」
 「それは?」アンティルの言葉に身を乗り出すティルドラス。
 「婚約の履行を求めるに当たって、パドローガルの銀器を引き出物とすることでございます。」
 「パドローガルの銀器を?」
 「はい。」頷くアンティル。「イエーツ=トッツガー公爵は、品物にたやすく心を動かされる人間ではございませぬ。ただ、パドローガルの銀器は城一つに匹敵する価値と称される天下の至宝。それを手放してまで伯爵がミレニア公女との婚約の履行を求めるとなれば、少なくとも知らぬ振りはできますまいし、その評判が天下に広まれば、そちらにも気を使わざるを得ますまい。あとはただ、伯爵にパドローガルの銀器を手放すご覚悟があるかどうかでございます。」
 「良い。」ティルドラスは躊躇(ちゅうちょ)なく頷く。「それでミレニアを得られるのであれば、所詮はただの銀器、何を惜しむことがあろう。」
 『この方は、まこと、心からミレニア公女を愛しておられるのだ。』いつもは飄々として感情をあまり表に出さないティルドラスが自分の一言に一喜一憂する様子を、どこか痛ましげな表情で見やりながらアンティルは考える。『願いを叶えて差し上げたいところではあるのだが……。』

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北海道在住。本業は海洋生物の研究職。自作の小説・音楽の発表ほか、見聞レポート、雑感その他なども、いろいろと投稿していますので見ていただければと思います

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