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「もはや私が早稲田祭」

早稲田大学の文学部キャンパスから、「本キャン」と呼ばれる早稲田キャンパスまで、歩いても5分程度。
でも、そのときは20分ぐらいはかかった、とヒナタはいう。

初めてのオンライン開催だった早稲田祭2020。
11月7日(土)8日(日)の2日間、インターネットで35万人を集めた。

その早稲田祭の最終盤。
締めくくりの代表スピーチが終わって、
早稲田祭運営スタッフ代表のヒナタ(福島陽)は、
もろもろ後片付けのために、
フィナーレ会場がある文学部キャンパスから、本キャンに急いだ。

会場のアリーナから文キャンの門を出るまでにも、参加した団体から
「おつかれさん!」「「スピーチよかったよ!」
と声をかけられた。
キャンパスの門を出て、うどん屋、たいやき屋、三朝庵という老舗そば屋が閉店したあとにできたコンビニ、これも閉店しためがね屋、早稲田高校の裏門、閉店したキャリアセンター、小劇場、油そば屋、揚げ物が人気の定食屋、クラシカルな喫茶店、まだ現役の古い時計屋、老舗の洋食屋……
やっと本キャンの南門に到着した。

運営スタッフ(運スタ)代表になって24時間365日、
ずっと早稲田祭のことを考えてきた。
その集大成が、11月の2日間、時間にして20時間ほどに凝縮されていた。

有線のLANが使えない、メインの公式webサイトが完成しない、
という絶体絶命の危機が、オープニング直前にあった。
新型コロナ感染拡大で、全国に非常事態宣言が出され、
キャンパスは閉鎖され、授業はオンラインになり、
4月、5月、6月と過ぎて7月。
新コロナはややおさまった状況にあったが、
「開催するかしないか、自分たちで判断しなさい」
と大学側からいわれた。

大学は、資金も人材もノウハウも提供しない。
(そもそもノウハウは持ってない)
早稲田祭の主催は「早稲田祭運営スタッフ」で、
毎年20万人を超す規模の学園祭を、600人のスタッフで運営する。
大学は、施設の使用許可を出すだけだ。

「自分たちで判断しなさい」
どちらかというと、中止勧告だ。
だけど、ヒナタは「やる」と覚悟を決めた。
早稲田祭での舞台を目指して練習してきたいろんなサークルがいる。
たとえ、そうしたサークル、団体が1つになっても、
運スタは早稲田祭を開催するための団体だから、
早稲田祭を実施のが自分たちの役目だ。

オンラインで早稲田祭をやるには、どんな方法があるか。
いわゆる無観客試合ならぬ、無観客学園祭。
ノウハウは日本中の誰ももっていない。
スポンサーはすべて降りたから、新たなルートで資金集めをしないといけない。
参加する団体を集めないといけない。
オンラインで参加してくれる観客を集めないといけない。
なにより、早稲田祭がクラスターになってはいけないので、
感染症対策をしっかりしないといけない。

すべての責任は、リーダーであるヒナタ一人にかかっている。

「もはや私が早稲田祭」

比喩ではなく、おごりでもなく、
責任の重さと、それに耐えて自分を支える責任感で、
自然とそうした気持ちになっていった、とヒナタはいう。

中竹竜二さん(日本ラグビーフットボール協会コーチングディレクター)は、
リーダーに必要な要素のひとつに「責任感」がある、と。
リーダーの責任感がメンバーに伝わって、
それが信頼になり、信頼が困難に立ち向かう勇気がわき、
勇気はメンバーたちに伝染する、と。

「もはや私が早稲田祭」
状態は、ヒナタから始まり、運スタのメンバーたちに広がっていったのだろう。
35万人の熱狂は、ひとりのリーダーの覚悟から始まった。