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透明マスクは聞こえない学生たちの希望の光

アヤカは商学部の4年生。生まれつき耳が聞こえない。

聞こえないけど、ディスカッション形式の講義やゼミを積極的に受講するし、
アルバイトやサークル、インターン、いろんな活動をしている。
しゃべっている人の口元を見て、講義や会話の内容を理解できていたから。

でもコロナになって困った。街中、マスクした人だらけになった。
コロナが少しおさまって、大学が対面授業になって、もっと困った。
先生がマスクをしている。クラスメートがマスクをしている。

講義している先生の口の動きが見えない。
だから、どんな知識を伝授してくれているのか、
講義資料を見て理解するしかない。
クラスでは、ディスカッションしている。
誰が発言しているのかわからない。
どんなことをいっているのかわからない。
なぜ笑っているのか、なぜ真剣にうなずいているのか、なぜうつむいているのか。

やがて、猛烈な不安がおそってきた。
「置いていかれている……」
コミュニケーションのバリアが、重たいストレスにもなった。
パニックになるくらい、完全なピンチだった。

そんなとき、友人から「透明マスク」のことを知らされた。
透明なプラスチックが、口元を完全に覆っている。
アヤカは、これをチャンスと捉えた。
2000人にこの透明マスクを配るプロジェクトを立ち上げて、
さっさとクラウドファンディングを始めた。

高等教育機関に在籍しているろう・難聴学生は1,915人(2019年)。
目標の「2000人に」の根拠はここからきている。
その中から、希望者に透明マスクを提供する。

クラファンは、目標額をはるかに超えての大成功となった。

アヤカはいろいろな団体を訪れて透明マスクを使ってくれるようにお願いして回った。その中には、アヤカの通っている早稲田大学ももちろんある。
しかし、早稲田大学の答えはNOだった。
透明マスクはまだ安全性が証明されていない。
安全性が証明されてないマスクの使用を許可することはできない。

まあ、それはそうだろう。
正式には、許可はできない。
けど、アベノマスクのためしがある。
日本政府はどうどうと、何の役にも立たないとされた布マスクを配った。
アベノマスクは、小さな布マスクである。
何の役にも立たないはいい過ぎかもしれない。
何の役にも立たないだろう、とみんなが笑ったアベノマスクを配った。
オリンピック委員会は、配り余った不織布マスクを廃棄処分にしたが、
日本政府は配りそこねたアベノマスクを税金で倉庫に保管している。

アベノマスクより透明マスクのほうがマシだろう。
透明マスクはろう・難聴の学生たちの役に立つ。
アヤカは透明マスクを見たとき、「希望の光が見えた」といった。
わたしはアベノマスクを配ると聞いたとき、絶望の闇が見えた気がした。
(幸いにも我が家にはアベノマスクが届かなかったので、実物を見たわけではないから、実際には絶望の闇は見えたわけではない)

アヤカはまたここを、チャンスととらえた。
だから、わたしに会いに来たのだろう。
さっそく、大隈塾で試してみることにしましょう、とアヤカにいったら、
アヤカはとても喜んだ。
反面、心配もした。
「大学から怒られませんか?」

怒られるかな?