老人とキノコ/読者のミステリー体験
「ムー」最初期から現在まで続く読者投稿ページ「ミステリー体験」。長い歴史の中から選ばれた作品をここに紹介する。
選=吉田悠軌
老人とキノコ
和歌山県 54歳 川瀬隆彦
私がまだ20代半ばのころ、さほど親しくもなかったある老人が現れるという奇妙な夢を、3日間も連続して見たことがあった。
最初の夢はこんな感じだった。どういうわけか私の全身にキノコが生えてきた。マスクとサングラスをかけ、帽子をかぶってコートを着て病院に行くと、出て来た医者がその老人だった。
2日目の夢は、その老人が裸で雑木林の中で生のキノコを食べているというもの。老人は私の存在に気づくと、にこっと黄色い歯を見せて笑い、姿を消した。この夢では歯の部分だけがカラーで、老人が消えた後の私の体には、やはりキノコが生えていた。
3日目に見た夢はとりとめのない夢で、ストーリーらしきものも何もなかった。ただ、その夜の夢の中に現れた老人はひとりではなく、小さな女の子を連れていた。
もっともそんなふうに3日間も連続して見てしまった奇妙な夢ではあったが、4~5日後には、自分がそんな夢を見たことなどすっかり忘れてしまっていた。
それから1か月後、机の引きだしを整理していた私は、雑記帳の中に夢に出てきた老人の家の電話番号が記入されているのを見つけた。それでふと、例の夢のことを思いだした。
そのうち、なんとなく老人のことが気になった私は、思いきって電話をかけてみた。ただし老人が出たら無言で切るつもりだった。
果たして電話には女の子が出た。
孫かな、と思い、名乗らずに、
「おじいちゃん、いますか?」
と聞いてみた。すると、
「おじいちゃん、死んだ」
という。
「いつごろ?」
と、尋ねると、
「前の前の前の金曜日」
という答えが返ってきた。私は、
「ありがとう」
とだけいって電話を切った。
老人の家のある場所は知っていたが、もちろん訪ねる気はなかった。
それから3年後のある日、本屋で突然、肩をたたかれた。振りかえると死んだはずの老人だった。私は呆然と立ちつくしたまま、その何本か欠けた黄色い歯を見ていた。
その後、ふたりで近くの公園のベンチに移動して話をした。そのとき聞いた話によると、老人は3年前に交通事故に遭い、もう少しで死ぬところだったという。
「そのころ一度、電話をしたことがありました。そのとき、お孫さんらしき女の子が電話に出られて……」
私は思いきってそこまでいって老人を見つめた。すると老人は急に不機嫌になり、
「孫なら、その事故に遭う前の前の前の金曜日に死んだよ」
と、吐きすてるようにいって立ちあがったと思うと、そのまま無言で歩きさった。
以来、二度とその老人に会うことはなかったが、この不可解な一連の出来事だけは今もはっきりと記憶の底に残っている。
(ムー実話怪談「恐」選集 選=吉田悠軌)
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