パンスペルミア説とテラフォーミングをつなぐ「たんぽぽ計画」最前線/水野寛之
地球の生命は、原始の海で無機物から有機物が合成されて進化したとされる。一方で、地球の生命は宇宙からもたらされたとする「パンスペルミア説」も強くある。非現実的な説として否定されてきたが、近年、その可能性が現実味を帯びてきたという。隕石から発見された「糖分子」は、生命が宇宙で生存できることを証明するのかーー?
文=水野寛之
地球の生命はどのように誕生したのか
私たちの住むこの地球は、生命に満ちあふれた天体だ。そんな地球上に生命が誕生したのは、およそ40億〜30億年前と考えられているが、そもそもどうやって生命が誕生したのかはわかっていない。
原始の地球のイメージ。約40億〜30億年前に、灼熱の環境の中で生命は誕生した(写真=NASA's oddard Space Flight Center Conceptual Image Lab)。
どのようにして生命は生まれたのか。その謎を解明するため、これまでにさまざまな仮説が提唱されてきた。たとえば、19世紀ごろまではアリストテレスが提唱したといわれる「自然発生説」が信じられていた。これは、「生命の胚種」という生命の基から物質が構成され、自然に生命が生まれるとする説だが、現在では否定されている。
この自然発生説以外にもさまざまな仮説が生み出され、また仮説を実証するための実験や、証拠となる痕跡を捜すなどの研究も行われている。
現在、広く信じられているのは、「生命は有機物の生成と発展によって誕生した」という「化学進化仮説」である。地球環境の中で生命が誕生したという、動かしがたい事実が存在するからだ。
しかし、化学進化仮説を裏づける証拠が存在しないことも事実だ。
1953年にアメリカの化学者スタンリー・ミラーが行った「ユーリー・ミラーの実験」の模式図。化学進化仮説を実証するための実験として知られ、結果として数種類のアミノ酸が生成された。
地球以外に生命は存在していない?
2020年2月3日、東京大学から興味深い発表があった。同大学大学院理学系研究科の戸谷友則教授が、宇宙の中で「非生物的な現象から生命が誕生する」、これまででもっとも現実的なシナリオを見いだしたというのだ。
戸谷教授は、“偶然に”地球型惑星においてヌクレオチドがランダムに結合し、生命誕生に必要な長さと情報を持ったRNAが生みだされる確率と、宇宙に存在する星の数を結びつける方程式を作って計算した。これが、生命の起源に関する「現実的なシナリオ」である。
その計算によると、自己複製など生命としての特徴を持つために最低限必要とされるヌクレオチド40単位の長さを持つRNAが生まれるには、10の40
乗個ほどの星が必要になるという。
これは、地球から観測可能とされる範囲(半径138億光年)に含まれる星の数、10の22乗個よりも遙かに大きい。つまり、“偶然に”生命が誕生したのだとすれば、観測可能な宇宙の中で生命が存在する惑星は地球だけということになる。
ただし、観測可能な領域の外にも宇宙は広がっており、その範囲も含めれば、RNAが形作られる可能性も十分にある。この研究は、化学進化仮説を否定するものではないが、もし計算結果通りであれば、われわれがわれわれ以外の生命に出会える機会は限りなく低いことになる。
生命発生に必要な最小のRNAの長さと、そのようなRNAが非生物的に誕生するために必要な宇宙における星の数の関係。水平の点線はそれぞれ、0:1個の星/11:天の川銀河の星の数(1011個)/22:観測可能な宇宙の星の数(1022個)を表す(出典=東京大学リリースより)。
糖の発見とRNAワールド仮説
東大の発表よりおよそ2か月前の2019年11月15日、東北大学と北海道大学、海洋研究開発機構(JAMSTEC)が共同で、生命の誕生に関して大きな意味合いを持つプレスリリースを発表した。それは、「隕石の中から糖が発見された」というものだった。
しかし、隕石からはこれまでにも、有機物や糖が発見された例がある。今回の発見が重要な点は、発見された糖がRNAの材料となる糖だからだ。
人間だけでなく生命にとって、DNAとRNAという核酸の存在は重要だ。われわれの細胞やミトコンドリアの中には、DNAやRNAが存在する。生物の授業でも必ず登場する内容だが、復習の意味も含めて簡単に解説しよう。
DNAは“deoxyribonucleic acid”の省略形、RNAは“ribonucleic acid”の省略形であり、それぞれ日本語では「デオキシリボ核酸」「リボ核酸」と呼ばれる。なお、「デオキシ(deoxy)」とは「オキシ」、すなわち酸素基が取られた(置き換わった)ことを意味する接頭辞だ。デオキシリボースは、リボースの酸素原子が水素原子に置き換わった物質なのだ。
DNAは、糖の一種であるデオキシリボースとリン酸、そしてアデニン、グアニン、シトシン、チミンという4種類の塩基からなるヌクレオチド(核酸の最小単位)がいくつも繋がってできている。ヌクレオチドの並び方を「塩基配列」と呼ぶ。塩基配列は生物の遺伝情報を持っており、その領域を「遺伝子」という。DNAはデオキシリボースの働きで二重螺旋構造になりやすく、非常に安定している。
一方、RNAのヌクレオチドは、やはり糖の一種であるリボースとリン酸、アデニン、グアニン、シトシン、ウラシルという4種類の塩基によって構成されている。RNAの化学構造はDNAに比べて不安定だ。安定しているDNAは、情報を長期間にわたって保存する役割を持っているが、不安定なRNAは、DNAの情報を一時的に使用してタンパク質の合成などを行う役割を持っている。DNAを版画の原板にたとえるなら、RNAは原板をもとに刷られた絵画にあたる。
RNAには、その構造や役割によって、タンパク質を合成するリボソームにDNAの情報を伝達する「伝令RNA(メッセンジャーRNA)」や、特定のアミノ酸をリボソームへと運ぶ「運搬RNA(トランスファーRNA)」、リボソームを構成する「リボソームRNA」など、さまざまな種類が存在する。
東北大学をはじめとする研究チームが、今回、隕石の中から発見したのは、このRNAを構成する主要な糖分子であるリボースであり、これは宇宙に生命を構成する糖が存在することを示している。
DNAとRNAの構造図。東北大学などの研究チームが隕石から検出した糖は、RNAを構成する主要な糖分子のリボースだった(写真=okamigo/123RF.COM)。
研究チームが糖を検出したのは、マーチソン隕石とNWA801隕石というふたつの隕石サンプルだ。マーチソン隕石からは、これまでにも有機酸やタンパク質を構成するアミノ酸が発見されている。このふたつの隕石から、リボース、アラビノース、キシロース、リキソースという4つの糖が発見されたのだ。
また、糖分子の安定炭素同意体組成分析から、糖の起源が地球外であることが示されている。つまり、太陽系が誕生して間もないころ、宇宙で作られた糖分子が、太古の地球や火星など太陽系の天体に降り注ぎ、地球の海に到達した糖がRNAになった可能性がある、ということだ。隕石に含まれていた糖は、他の有機物や生命分子とともに、現在に繋がる生命の一部になったのかもしれないのである。
RNAを構成するリボースが隕石から見つかったことには、もうひとつ大きな意味合いがある。それは、この発見が「RNAワールド仮説」の強い証拠となるかもしれないからだ。
ワールド仮説とは「生命誕生後の地球でどのような物質がひな形となったのか」という議論で、RNAがDNAとタンパク質の役割を担ったとするRNAワールド仮説のほかに、「DNAワールド仮説」「プロテインワールド仮説」が存在する。
研究チームは、アメリカ航空宇宙局(NASA)から提供される複数の隕石を分析し、地球外からどれだけの糖が地球にもたらされたのか、その詳細を明らかにしていく予定だという。
異端の扱いを受けたパンスペルミア説
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