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人工脳は自我をもつのか!? 最新脳科学と宇宙超意識の謎/中野雄司・総力特集

意識とは、いったいどこから生まれてくるものなのか――。
この問いに対する明確な答えはいまだにだれも出すことができていない。たった1500グラムしかない脳から生まれてくるのか。それとも、まったく違うところにその源は存在するのか。
複雑怪奇な脳の働きを解明し、意識の発生するメカニズムに迫ろうと世界中でさまざまな研究者が、日々、新たな試みに挑戦しつづけている。
意識とはなんなのかという根源的な疑問への答えはもしかしたら最新の宇宙論学の中にあるのかもしれない。

文=中野雄司 イラストレーション=久保田晃司

脳オルガノイド=人工ミニ脳の”人間の脳波”

 2019年8月29日——。この日、医学界に衝撃が走った。
 米カリフォルニア大学サンディエゴ校のアリソン・ムオトリ教授率いる研究チームが、試験管内で作製した「脳オルガノイド」から、ヒトの乳幼児と類似した脳波を検出することに成功した、と発表したのである。

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成長した脳オルガノイドを手にする研究チームのチーフ、アリソン・ムオトリ教授(写真=ZUMA Press/アフロ)。

 この知らせを受け、専門家たちはみな動揺と困惑を隠せなかった。
 たとえば、その翌月に開催された北米神経科学会において、エラン・オヘイヨン氏はこう語る。
「現在、ムオトリ教授が行っている研究は、倫理上、ルビコン川を渡るような危険な局面に近づいているのではないかと危惧しています。いや、ひょっとすると、すでに危険な一線は越えてしまっているのかもしれません……」
 オヘイヨン氏のこの発言に込められた危惧の内容を考察する前に、まず「脳オルガノイド」とは何かについて、簡単に説明しておきたい。

 そもそもオルガノイドとは、幹細胞から作られた人工的なミニ臓器のことである。誤解を恐れずいってしまえば、一種のレプリカのようなものだ。サイズは小さいが、腎臓や膵臓、肺などの臓器が本物と同様の機能を備えている。10年ほど前から研究がスタートし、いまではさまざまな分野で大きな成果を収めている。
 なぜそんなミニチュア臓器が作られるようになったかというと、オルガノイドは、まだ確立していない治療法の研究に画期的な役割を果たしてくれるからだ。人間の患者が対象では危険すぎてできない治療法も、オルガノイドというミニチュア臓器を使えば簡単にできる。まだ承認されていない治験薬を使ったり、放射線照射を長時間行ったり、遺伝子編集技術で遺伝子を改変したりと、通常の臨床実験では不可能なことを試すことができるのだ。

試験管の中の人工脳に意識はあるか!?

 一方、脳のオルガノイドが作成されたのは、ほんの3年ほど前のことになる。最初は薄い細胞シートの上に複数のニューロンが広がる程度だったが、作成法は急速な進歩を見せ、2018年には3次元的な脳オルガノイドの作成に成功。ごく単純ではあるが脳のミニチュアと呼べるものができあがった。新たに作成された脳オルガノイドは、血管と血液を備え、栄養や酸素を自律的に循環させることができる。
 この進歩の速さに、専門家から戸惑いの声が上がった。他の臓器と違い、脳のオルガノイドの作成には、もっと慎重であるべきではないか、もっときちんとしたガイドラインを設けるべきではないか、との声が上がってきた。

 そこにきて、今回の発表である。
 脳オルガノイドから、ヒトの脳波と同様の波長が検出された――。
 人工的に作られたミニサイズの脳に、意識が宿ったかもしれないのである。いくら豆粒大の小さな脳とはいえ、意識を備えた自律的な生命が誕生したのである。かつてだれも想像していなかったこの驚くべき事実に、わたしたちはどう向き合うべきなのだろうか?
 いまのところ多くの専門家たちに共通しているのは、「意識を備えた脳オルガノイドは作成すべきでない」という否定的な見解だ。
 しかし、ここに疑念が生じる。意識を備えた脳は作るべきでないというが、そもそもわたしたちは「意識とは何か」について明確な定義をもちえていない。越えてはならない一線を、どこに引くべきかがわからないのだ。
 脳オルガノイドは、いまのところ乳幼児レベルの脳波しか発していない。しかし、それがいつ成人の脳波に変わるのかは、だれも予測できない。試験管の中の脳オルガノイドは、ただ静かに眠りつづけているだけである。
 最近の研究によれば、乳幼児の眠りの90パーセント以上はレム睡眠だという。つまり夢を見ているわけだ。では、ミニチュアサイズの人工脳は、試験管の中でまどろみながら、いったいどのような夢を見ているのだろうか?
 わたしたちはこれから、彼らの不思議な夢の中へ潜り込む。
 終わりのない悪夢の中へ――。

「意識」はどこから生まれるのか?

 アラン・チューリングは、20世紀を代表する英国の数学者である。
 第2次世界大戦中、チューリングは絶対に解読不可能と考えられていたナチスドイツの究極の暗号機「エニグマ」の解読に成功。これにより連合軍は劣勢を一気にはね返し、戦略上の優位を奪回できるようになった。ひとりの天数学者の小さな頭脳が、ヨーロッパ全土を支配していたナチス第三帝国の土台を突き崩し、その崩壊に大きく寄与したのである。
 チューリングはまた「コンピューターの父」とも呼ばれている。

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