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人込みの中から/読者のミステリー体験

「ムー」最初期から現在まで続く読者投稿ページ「ミステリー体験」。長い歴史の中から選ばれた作品をここに紹介する。

選=吉田悠軌

人込みの中から

東京都 35歳 石井隆之

 最初は、帰宅途中の電車がドアを閉めて動きだしたときだった。私の目が、ホームに立っているひとりの男の姿をとらえた。
 ──あれ? Hじゃないか……?
 その男は確かに学生時代の友人のHに見えた。だが、スピードをあげながらホームをあとにする電車の窓からは、それを確認することはできなかった。Hとは、もう10年近くも会っていなかった。

 それから数日後の夜、やはり大学時代の友人Mから、珍しく電話があった。なぜか数日前から急に私と話がしたくなったのだという。私は変なやつだなとMを笑い、そのあとしばらくお互いの近況などを報告しあったが、そのうちふと思いだしてホームで見かけたHらしき男のことを話した。すると、Mがいった。
「Hのはずないよ。だって、あいつ半年ほど前に死んでるし。あれ、おまえ、知らなかったの?」
 驚いて死因を聞くと、自殺だったという。理由はMも知らなかった。私は何やら割り切れないものを感じながら、その電話を切った。

 それから2日後の夜、私は会社の同僚たちと飲んだあと、さらに次の店に行くという彼らと別れ、ひとり駅に向かっていた。まだ9時を少し過ぎたところで、街は行き交う人々でにぎわっていた。
 と、そんなときだった。ふと、だれかに見つめられているような視線を感じて、何気なくその方向に目をやった。すると、なんとそこにHがいた。人混みの中から、ジッと私を見つめている。
 私は驚き、彼の名前を呼びながら数歩、彼のほうに歩み寄った。だが、そんな私に彼が淋しげに笑みを浮かべたかと思うと次の瞬間、スーッとその姿が薄れて消えてしまった。私は自分の目を疑いながら、しばらく呆然とその場に立ち尽くしていた。

 その週の日曜日、私は思いきってHの家を訪ねた。奥さんは、何やら複雑な表情で私を迎え、彼の位牌の前に案内してくれた。ひさしぶりに見る遺影の中の彼は、私の記憶よりかなり痩せていた。
 私が、そんな彼の位牌に線香をあげ、奥さんに悔やみの言葉を述べはじめると、彼女が一通の封書を私に差しだしながらいった。
「主人の遺書に、私から知らせなくても、必ずあなたが来てくださるはずだから、そのときこれを渡すようにと書いてありました」
 私は訝りながらもその封書の中の文章を一読して、青ざめた。
「学生時代、私には将来を誓い合ったY子という恋人がいた。そのY子から突然、別れを告げられたのは卒業も間近いころだった。私は納得できず、今でいうストーカーのような行為までして彼女を引き止めようとしたが、その3か月後、彼女は自ら命を絶った。遺書はなかったが彼女の両親兄弟は私を責めたし、私も自分を責めた。そのために私自身も真剣に自殺を考えたほどだった」
 Hは、手紙の中で、彼女を自殺に追いやったのは自分であると告白していた。当時、Hは彼女と強引に関係を結び、自分とつきあうように迫ったのだという。それを苦にして彼女は……。しかも、その後、Hはしばしば夢に現れる彼女の恨みのこもった目に苦しめられてきたという。そして、私と彼女に、死んでお詫びをすると結ばれていた。
 私は、その文章を彼の位牌の前で細かく引き裂いて上着のポケットに入れると、奥さんには何も告げずにH宅をあとにした。

 あれから、約2か月になる。今も私の前に時折、Hは現れる。苦悩に歪んだ顔つきで。きっとこれからも彼は私に許される日まで、そうして現れつづけるのだろう。


(ムー実話怪談「恐」選集 選=吉田悠軌)

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