まだまださきのもの/読者のミステリー体験
「ムー」最初期から現在まで続く読者投稿ページ「ミステリー体験」。長い歴史の中から選ばれた作品をここに紹介する。
選=吉田悠軌
まだまださきのもの
栃木県 46歳 福田宏
最近、ある大手電機メーカーが発表したヘッドホン型ステレオの最新モデルを見て、びっくりしていました。
私はなんと、それを35年前に見ていたのです!
そのころ私の実家は、アパートを営んでいました。2階建てで12室あり、大学生や若い勤め人が主な住人でした。
私が小学6年生のときです。空き室にひとりの若い男性が引っ越してきました。
クワハラさんという名で、短髪で背が高く、いつもニコニコと人懐こい笑顔を浮かべている人でした。勤めている様子はなく、ちょっと変わった人でした。母の話では文筆業らしいとのことでした。
心根の優しい子供好きの人でしたので、私はときどきクワハラさんの部屋に遊びにいっていました。部屋の中は妙にガランとしていて、引っ越しの際に持ってきたダンボールが4つほどと、窓際に文机(ふづくえ)がポツンと置かれてあるだけでした。
ある土曜日の午後のことです。私は母に頼まれて、クラハラさんの部屋におすそ分けのブドウを持っていきました。しかし、ドアをノックしても返事がありません。ドアノブを回してみたところ鍵はかかっておらず、ドアが開いてしまいました。
「クワハラさん」
と、声をかけながら室内を覗き込むと、やはり留守のようです。
部屋の中は静まり返っていました。
そのとき文机の上に窓の外の光が反射して、何かがキラキラと光っているのが目に入りました。思わずそれに引かれて部屋に上がり込み、文机の前まで行きました。
文机の上のそれは私の手のひらほどの大きさをしていて、卵形の流線形をしたフォルムとメカは、当時のどんな最新機器よりも未来的に映りました。
私は長い間、茫然(ぼうぜん)とそれを見つめていました。
突然ドアが開き、クワハラさんが帰ってきました。そして、私が文机の上のものを見つめていたことを知ると、少しあわてた様子で近づき、サッとそれを手に取り、引き出しの中にしまい込んでしまいました。
「あれ、なんですか?」
私は聞かずにはいられませんでした。
するとクワハラさんは、ちょっと困ったような顔をして、
「マダマダサキノモノサ」
と、謎のような言葉をつぶやいたのです。
クワハラさんが急にアパートを引っ越していったのは、それから間もなくのことでした。
あのとき私がクワハラさんの文机の上で見たモノと、最新型ヘッドホンステレオは、間違いなく同じモノです。
ということは……クワハラさんは、なんらかの目的で未来(現在)から35年前のあの時代に来ていたタイムトラベラーなのでしょうか。不思議でなりません。
あの日、クワハラさんがいった「マダマダサキノモノサ」という言葉が今も忘れられません。
(ムー実話怪談「恐」選集 選=吉田悠軌)
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