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吉岡と公園/黒史郎・化け録

化け物は、日常のなかに意外なかたちで潜んでいる。
自分ひとりでは何の不思議も感じなかったことが、他人と話したことで唐突に奇妙な話に変貌する。そんなことも、ある。

文=黒史郎
挿絵=北原功士

吉岡

 遠ければ遠いほど、記憶とは信用できないものである。あなたが「はっきりと覚えているから絶対に間違いない」とかたく信じて疑わないその記憶も、過去の事象である限りは絶対などない。時を経てゆくことで記憶は希薄になり、色形を変え、他の記憶と融合し、実際の体験とは異なる記憶となるからである。

 あなたが過去の出来事として信じ続けるその思い出は、はたして正しい情報なのだろうか。

 8年前。ふと郷愁に駆られたSさんは、小学生時代にとくに仲のよかった級友たちと連絡をとった。思い出話に花が咲き、自然と長電話に。ぜひ再会しようという流れになる。
 某日、新宿の居酒屋に集まったのは、20年以上ぶりに会う、かつての友人たち。昔は毎日のように一緒にいたのに、みんなどこか緊張し、遠慮しあった。そのぎこちなさも、思い出話を肴に飲んでいるうちに自然とほぐれていき、昔のような気安い雰囲気が戻ってくる。語る思い出も次第に深くなっていった。

「やっぱり、忘れられないのは吉岡だよな」
「うん、吉岡はヤバいよな」

 吉岡とは同級生の女子で、下の名はだれも知らなかった。つねに下を向いている印象の子で、人が苦手だったらしく、声をかけたり近づこうとしたりすると走って逃げてしまう。だから友だちらしい友だちもできなかったようで、いつもひとりでいるのを見た。

 彼女はある日、公園でひとり遊んでいたところ、遊具に挟まれて亡くなった。
 事故の起きた公園はSさんたちがよく遊んでいた場所だったが、その日は夏休みで、みんなで「アニメ祭り」を見に映画館にいっていた。もし、いつものようにみんなで公園で遊んでいたら、吉岡はSさんたちを避けて公園には入らなかっただろうし、死ぬこともなかったかもしれない。「吉岡は運が悪いな」とみんなで話していた。

 彼女の死からしばらくたったころ、「公園に出る」という噂が立った。だが、実際に見たという話は聞かなかった。だれがいいだしたか、「吉岡の幽霊を見よう」ということになり、Sさんたちは夕方になっても家に帰らず、公園で待ちつづけた。

覚えていたことは

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