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『北越雪譜』の化け猫か!? 雲洞庵の妖怪・火車の頭骨/山内貴範

江戸時代に出版された『北越雪譜(ほくえつせっぷ) 』には、越後国の古刹・雲洞庵(うんとうあん)の住職が、霊力を使って化け猫を退治した逸話が記録されている。しかも驚くことに、その雲洞庵には、火車(かしゃ)という化け猫の頭骨が保管されている。現地で目の当たりにした筆者は、奇怪極まりない形に衝撃を受けた。いったい、この頭骨の正体は何なのか? 『北越雪譜』の記述と寺の伝承をもとに、真相に迫った。

文=山内貴範 写真=キッチンミノル

『北越雪譜』の化け猫と火車の頭骨の謎

 猫といえば、ペットとしてのプラスのイメージがある一方で、化け猫のようにマイナスにも捉えられる二面性をもっている。「死人に猫を近づけてはいけない」などの民間伝承も少なくない。それは、古くから日本人の生活に密着した動物であったためだろう。
 江戸時代後期、1837年(天保8)ごろに発刊された『北越雪譜(ほくえつせっぷ)』には、越後地方の生活や奇談が数多く収録されている。その中で目を引くのが、「雲洞庵(うんとうあん)」という寺院の住職が化け猫と遭遇し、見事に撃退したという逸話だ。雲洞庵は、『北越雪譜』の編者・鈴木牧之(すずきぼくし)の故郷でもある新潟県南魚沼市に実在するが、この寺院にはなんと、“ 火車(かしゃ)”なる化け猫の頭骨が保管されているのだという。

 ひょっとすると、その頭骨は『北越雪譜』に登場する化け猫のものではないだろうか。真相を確かめるべく、筆者はさっそく現地へと向かった。

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雲洞庵(うんとうあん)の起源は約1300年前、奈良時代までさかのぼる。奈良時代の貴族・藤原房前の母が出家し、この地に庵を結んだのが始まりとされる。写真は参道に立つ山門で、通称赤門。

広く認知されていた北高和尚の霊力

 JR塩沢駅からタクシーで、雲洞庵へ。米どころ新潟らしい田園風景の中を走り、約10分で到着した。鬱蒼とした木々が茂る境内には江戸時代に建立された伽藍が立ち、静謐な空気が漂う。さすがは新潟有数の禅の道場だ。『北越雪譜』で、越後国四大寺のひとつと評されているのも納得である。
 山門をくぐり、杉並木が立つ参道を歩いた先に立つ本堂で筆者を迎えてくれたのは、住職の田宮隆児氏である。田宮氏によると、寺に伝わる化け猫の話は、こうだ。

「戦国時代の天正年間(1573〜92)、雪が降りしきる中、近くの村の農家で葬式が行われることになりました。雲洞庵の第10世・北高和尚を迎え、葬列が雪道の中を進んでいくと、いきなり暴風が吹き荒れ、空は黒く曇り、周囲は一瞬にして闇夜に包まれたそうです」
 すると、どこからともなく棺の上に火の玉が飛んできた。その中には尾が二股に裂けた化け猫がいて、棺(ひつぎ)を奪おうとしたという。ここで北高和尚が活躍するのだ。
 田宮氏が臨場感たっぷりにこう解説する。

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