失われる豊島園怪談の記憶/吉田悠軌・怪談解題
惜しまれつつも閉園を迎えることが発表された遊園地、としまえん。そこはバブル期前後から多くの怪談が語られたミステリースポットでもあった。そしてそれらの怪談は、かつてそこにあった悲劇の舞台・練馬城の記憶へとつながっていく。
吉田悠軌(よしだゆうき)/怪談サークル「とうもろこしの会」会長、『怪処』編集長。『怪の残響』(竹書房)のほか、選定・監修した『ムー実話怪談「恐」選集』(学研)、『禁足地帯の歩き方』(学研)など著書多数。今月の一枚は、白馬に乗って散った豊島泰経のごとく、としまえんの回転木馬・機械遺産カルーセルエルドラドから。
アトラクションでささやくおばあさん
としまえんほど怪談の多い遊園地はないだろう。閉園のニュースを機に、SNSで広く「としまえんの怪談を知っていますか」と呼びかけたところ、予想外に沢山の情報をいただいた。
「ミラーハウスには、鏡の中をさまよう少女の霊がいて、追いかけられることがある。または13枚目の鏡をのぞくと、自分の像が飛び出して襲ってくる」
「アフリカ館では、乗り物から降りたため川に落ちて死んだ少年がおり、その霊がさまよっている」
「西洋お化け屋敷は2階建てだが、2階で首つり自殺が発生。その霊が出るために1階フロアしか使用されなくなった」
「和風お化け屋敷の中はスタッフふくめ無人のはずだが、30年前、本物の火の玉が飛びかったとして騒ぎになったことがある。これは新聞でも取り上げられている」
などなど、枚挙に暇がない。
そんな中、Hさんから聞いた話は、ごく最近の実体験談という点で珍しかった。
……2、3年前、夫と息子と、としまえんに行ったんですね。そこで15年ぶりくらいに「ミステリーゾーン」に乗ったんです。ほら、あの外側はアメリカンな冒険ものっぽいのに、中は純和風のお化け屋敷になっている、変なアトラクション。
ご存じのとおり、中はほとんど真っ暗でよく見えません。ただ最初から最後まで、ずっと変な音が聞こえていたんです。
(あれ、こんな音声、前はなかったよな?)と思いましたよ。ナレーションやSEじゃありません。私の耳の後ろで、お婆さんらしき声が、なにかをブツブツささやいている。
具体的な言葉は聞き取れませんでしたが、不思議と「どんなことを言っているのか」は理解できたんです。
この場所が、いつから、どのようにして、こうなってしまったのか……。
そうした「なりたち」をひたすら説明している、それもどこか怨みがましく……なぜか、そう感じられたんです。老婆の声は、アトラクションが終わるまで、ずっとまとわりついてきました。
外に出たところで主人に「あのお婆さんの声、なんだったんだろうね」と聞いてみましたが、返ってきたのは「そんなの、いっさい聞こえなかったよ」という言葉でした。
としまえん入り口より。写真奥、園内プール内の「ハイドロポリス」付近にかつて練馬城があった。その建設に伴いわずかに残された遺構も消滅したが、石神井川や地形の段差から、おぼろげに城址の面影を感じることはできる。
遊園地は若者たちの通過儀礼の場
Hさんの話を除けば、これらは「実話怪談」というより「都市伝説」に分類すべき物語だろう(インターネットでも同内容の噂が流布されている)。また情報提供者はほぼ全員が40~50代で、彼らの青春時代であるバブル前後(1980年代後半〜90年代初期)にささやかれた噂という点で共通している。
件のミステリーゾーンは、音や動きのドッキリもなく、暗闇の中に古ぼけた人形が見え隠れするだけ。現代のお化け屋敷と比べたら、あまりにもローテクでおとなしい。ただ逆にいえば、50年以上前の人形たちが稼働している様子が、「ホラー」ではなく「怪談」めいた無気味さを漂わせている。
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