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「屁」で幸福を得る爺と、災いを得る隣の爺/黒史郎・妖怪補遺々々

前回に続き〝妖怪放屁放屁〟3部作の第2弾! 鳥を呑んだ爺さんと隣の爺さんの物語と、21の類話を怒涛の如く補遺々々します。
ホラー小説家にして屈指の妖怪研究家・黒史郎が、記録には残されながらも人々から“忘れ去られた妖怪”を発掘する、それが「妖怪補遺々々」だ!

文・絵=黒史郎 #妖怪補遺々々

ある爺の成功物語

 どこにでもいるような普通の善良なお爺さんが、ある日、自分の人生を変えることとなる「奇跡の屁」を獲得する――そんな昔話が全国各地に見られます。
「隣の爺」の回(2020年8月26日「羨望に走る隣の爺とシモの始末」)でもご紹介しましたが、「爺と屁」の昔話の多くは、ちょっとしたアクシデントで鳥を呑み込んでしまったことから始まります。何がどうなってそうなるのか、まったくわかりませんが、爺さんは奇跡のような放屁スキルを獲得し、その屁術で貧しい生活から一気にセレブへとのし上がるというサクセスストーリーになっています。

 この昔話の類話には、先の「隣の爺」が関わる場合も多く、その場合、物語は目をそむけたくなるような惨たらしいエンディングを迎えます。話の後半から、「隣の爺」に死亡フラグ的なものが立ちはじめるのも注目すべき点です。

 なぜ、「隣の爺」が入ると血なまぐさい話になるのか。
 屁で幸福を得る爺たちは、いったいどのような音を奏でて人々を魅了したのか。
 いくら音色が素晴らしかろうと、人前でするのは無礼ではないのか。

 これを読めば、皆さんの屁に対する考えも変わるかもしれません。

ちちんぷよぷよ

 昔むかし、働き者の爺さんがおりました。
 ある日、山の畑で一服していると、鍬の柄に「見なれぬかわいい鳥」がとまって、とても変わった声で鳴きました。爺さんが手を差し出すと、鳥は手の上にのって鳴き、爺さんが舌をペロンと出すと、舌に飛び乗って鳴きます。
 これは面白いなと思っていたら、「あっ」……誤って、鳥を呑み込んでしまいました。
 お腹のあたりがちくちくするので見てみると……なんということでしょう!
 ヘソから、鳥の尻尾が出ているではありませんか。
 引っ張ると、爺さんの尻から、
「ちちんぷよぷよ、にしきさらさら、ごよのさかずき、もってまいろか、こやちゅうちゅう」と音が鳴ります。
 先ほどのかわいい鳥の鳴き声でした。

 この不思議な出来事の噂は人から人へと巡って、やがて、殿様の耳にも入ります。そして、ある日、爺さんの元に殿様の使いが来て、「殿が屁を聞きたいと申しているから城へ来てほしい」と伝えてきました。これには驚きますが、爺さんは謹んで申し出を受けました。

 そして、その時がやってきます。

 殿様の前で、ヘソから出ている尾を引っ張って、あの鳴き声を尻から鳴らしました。
 殿様は子供みたいに手を叩いて笑い転げ、よほど満足したとみえて、たくさんの褒美を爺さんに与えました。

 この話を聞いた、隣に住む欲深い婆さんは、「隣の爺は屁こいて殿様から褒美をもらったというのに、うちの爺はクソをたれているばかりで情けない」と自分の旦那をジトリと睨みます。その言葉に焚きつけられた隣の爺さんは、「なんの、わしにだってできる」と、あくる日、城の門番にこのように申し込みました。

「先日の屁こきじいは、私の弟子です。おそれながら、師匠の手本なる屁を殿様に聞いていただきとうございます」

 城の門番は「ならば明日に来い」というので、隣の爺さんはすぐに帰ると明日に備えて、麦飯とアカザ(草の一種)をたらふく食べました。

 翌日、隣の爺は、殿様の前で屁を披露する場と時間をいただきます。

「われこそ、日本一の屁の名人なーり、いざっ、ウーン……ンンンン……」

 おかしい。
 きばっても、屁が、出ない。
 もう一度、力いっぱいにきばると、

「ブォーッ」

 大変なことになりました。
「本物」が出てしまったのです。
 しかも、アカザの葉が効いて、とても臭いです。これには殿様も激怒しました……。

 夫の帰宅を今か今かと待っていた隣の婆さんは、向こうから赤い着物を着て帰ってくる夫の姿を見て、殿様から褒美をもらえたのだと喜びました。
 でもそれは殴られて血だらけになった爺さんの姿だったのです……。


 この話は『神奈川県の民話と伝説 下』に収録されている「鳥のみじい」をリライトしたものです。鳥を呑んだがために特異体質となった日本各地の爺さん(たち)は、実に様々な音色をお尻で奏でています。

 以下に類話をいろいろ集めてみましたので、どのような屁色があるのか、そして、隣の爺にはどんな結末が待っているのか、見ていきましょう。

爺と、鳥と、屁と

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