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新型コロナと最新「ウイルス進化論」…パンデミックと人類史/中野雄司・総力特集

世界中を混乱に陥おとしいれる、新型コロナウイルス——。
ニュースは連日、感染者数を伝え、おびえた人々は、自粛(じしゅく)生活を余儀なくされている。
だが——。ウイルスの本質は「恐怖」にあるのではない。
それは、生命の「進化」を司ることにあった‼
(ムー 2020年12月号掲載)

文=中野雄司 イラストレーション=久保田晃司

ウイルスは遺伝子を書き換える!

 新型コロナウイルスに関するニュースは毎日のように飛びこんでくる。
 どこそこの国で感染者数が何万人を超えたとか、どこそこの都市では再びロックアウト宣言が出されたとか、その都度ニュースは速報でこれを伝える。ついにはアメリカのトランプ大統領までが(数日で退院したものの)感染した。

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新型コロナウイルスのイメージ図。いまはこのウイルスばかりが話題となっているが、実際はこの地球は、ウイルスで満ちている。

 新型コロナウイルスの感染拡大が始まってからすでに1年近く。これらのニュースの洪水に、いささか辟易している読者もいることだろう。
 もちろん本稿も、新型コロナウイルスに関連した話題を取りあげる予定である。ただし本誌らしく、一般のニュース記事とは少々違った角度から、掘り下げていきたいと考えている。
 たとえば、最初に取りあげたいのは、ウミウシの話である。いきなり話題が飛びすぎだと思われるかもしれないが、この話、実に興味深いので、少々おつきあいいただきたい。
 さて、もともとウミウシには見た目が変わった奴らが多い。彼らは、実に奇妙な形態や鮮(あざ)やかな色彩でわれわれを驚かせてくれる。ここに紹介するエリシア・クロロティカという名前のウミウシもそのひとつだ。見た目は植物そっくり。まるで海中に漂っている葉っぱにしか見えない。

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エリシア・クロロティカ。植物のように見えるが、ウミウシの一種だ。しかもこのウミウシは、体内で光合成を行える。

 もちろん「こんなのは、たいしたことないよ」という人もいるだろう。
 実際、この地球上に擬態生物はゴマンといる。リーフィーシードラゴンやコノハムシなどのように、このウミウシよりもずっとうまく周囲に溶けこんでいる擬態の上級者も多い。
 しかし、このウミウシは凡百の擬態生物には真似できない、特筆すべき秘密を隠し持っている。なんとこのエリシア・クロロティカは、植物に似ているだけではなく、自らの細胞を使って光合成ができるのだ。
 光合成ができるウミウシ——。
 まさかそんなことはあり得ない、と識者は言下に否定するだろう。なぜなら光合成は、植物が持つ葉緑体が細胞内になければ行えないからだ。
 ところがどっこい、エリシア・クロロティカは餌(えさ)をいっさい食べずとも、光さえ当てていればいつまでも生きつづけることができる。彼の細胞が光を化学エネルギーに変換し、そのエネルギーを代謝機能に利用しているのは間違いない事実なのだ。

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植物における葉緑体。本来ならばこれを体内に持っていなければ、光合成は不可能なはずなのだが。

書き換えられた遺伝子情報

 では、いったいなぜ——?
 その秘密は、ウミウシの体内のウイルスに隠されていた。
 エリシア・クロロティカの遺伝子を調べてみたところ、そこにある特別な内在性レトロウイルスが存在することがわかった。
 驚くべきことにこのレトロウイルスの遺伝情報には、光合成を可能とする海藻類の核のDNA配列が忍びこんでいたのである。
 このDNAは、いったいどこから持ちこまれたのか? どうやらエリシア・クロロティカの生息する地域に分布する海藻類からのものらしい。調べてみると、両者のDNA配列はまったく同じであることが判明したのだ。
 つまり、こういうことだ。
 ある特殊なウイルスが海藻類の細胞内に潜りこみ、そのなかの光合成に関わる遺伝情報を取りこむ。そのウイルスは今度はエリシア・クロロティカに感染し、光合成ができるように細胞の遺伝子を書き換えてしまった。これが光合成できるウミウシの真実である。
 推測や想像ではない。証拠が指し示す厳然とした事実である。

 ウイルスは遺伝子を書き換える——。
 今回の記事の主要なテーマはこれである。ウイルスを、感染症を引き起こす厄介者とばかり見なしているようでは、問題の本質を見誤る。新型コロナウイルスの場合もまた然り、だ。
 いま、かつてない規模で世界中に拡散しつつあるこのウイルスが、もしわれわれの細胞内で遺伝子を頻繁に書き換えているとしたら——。
 かつてダーウィンはいった。
「生き残る種とは、もっとも強い生物ではない。もっとも知的な生物でもない。それは、もっとも変化にうまく適応した生物である」
 パンデミックの先に待ち受けている未来は、まだ不確定なものである。
 だがその未来に、われわれの予期せぬ変化が起きている確率は非常に高い。その変化に、われわれ人類はうまく適応できるのだろうか?
 その答えを、これから皆さんと一緒に探っていくことにしよう。

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