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米国最新雇用トレンド①「キャリア・クッショニング」とは? 〜水面下における従業員の自発的なリスキリング〜

米国のテック企業の人員削減数は、2022年に11万件(15万件という報道もあり) に至り、連日ニュースで取り上げられています。しかし米国の最新のJOLTS(求人労働異動調査)では、米国の労働市場全体のレイオフの人数は140万件と歴史的な低水準で推移していることが明らかになっています。

また、2022年12月に米国の労働省が発表した雇用統計によると、失業率も歴史的低水準の3.5%と低下し、依然として米国では深刻な人手不足が続いています。

このような米国の低失業率、低水準なレイオフ状況において、新たに注目されているキーワードが、Career Cushioning(キャリア・クッショニング)です。

1.キャリア・クッショニングとは?

2022年の11月初旬から、米国ではCareer Cushioning(キャリア・クッショニング)という言葉が注目され始めています。リスキリングの新たな動きとして昨年からずっと注目していたキーワードで、実は日本でも巣篭もり需要の中で水面化で進行していた現象です。以下、ご説明してゆきたいと思います。

1) クッショニングの意味

まず初めに、クッショニングの意味について触れたいと思います。私たちにも馴染みのあるクッション(座布団)という言葉は緩衝材という意味もあり、動詞として使う際には、「(衝撃を)和らげる」という意味になります。もともとデートの世界で使われているスラングで、万が一破局したときのために、特定の人と付き合っている最中にも他の人たちと連絡を取り続け、恋愛の選択肢を広げておくことを指しています。別れても、すぐに他の恋愛でそのショックを和らげたいという気持ちからの行動を指しています。

2) キャリア・クッショニングの意味、いつ、どこから?

上記でご説明した、クッショニング「衝撃を和らげる」という言葉がビジネス界でも使われるようになったのが、「キャリア・クッショニング」です。誰が最初に使い始めた言葉なのかは不明なのですが、2022年10月からシンガポールで利用され始め、やがて2022年11月からLinkedIn上の記事で、オーストラリアや米国で取り上げられるようになったように思います。Google Trendsで検索すると、2022年11月から検索数が急増しているのが分かります。

Google Trendsによるキーワード検索

2022年11月、LinkedIn Career ExpertであるCatherine Fisher氏はキャリア・クッショニングについて

経済や雇用市場で次に何が起ころうとも、自分の選択肢を広げ、クッションとなるような行動をとること。成功のための保険のようなもの

引用: LinkedIn Newsletter"Career Companion"

と定義しています。また同じくLinkedIn Career ExpertであるBlair Heitmann氏は、キャリア・クッショニングとは、

経済情勢が次にどう変化しても自分のキャリアを守ることができるように、選択肢を広げておくための行動をとること。経済が不安定な現状で成功するための保険のようなもの

引用:Forbes"5 Strategies To Prepare For Potential Layoffs"

と述べています。2023年1月末現在でCareer CushioningとGoogleで検索すると9,800万件ヒットし、Bloomberg, Business Insider, Entrepreneur, Forbes, Fortune, Financial Times, World Economic Forumなど、著名な新聞や雑誌が次々とオンライン記事で特集し始めています。


2.キャリア・クッショニングの具体的アクション


1) キャリア・クッショニングの背景となる米国労働市場の状況

労働者の間でキャリア・クッショニングの動きが注目されている理由は、景気減退予測に基づいてテック企業が大規模なレイオフ等を開始したことによって、自分も失業するのではという不安が広がっていることが第一に挙げられます。そのため、キャリア・クッショニングを短い言葉で表現するなら、

「現在の仕事を続けながら『失業や将来の転職に備えるための事前準備』を行うこと」

と言い換えられるのではないかと思います。企業が災害や事故などの不測の事態に備えて作成するコンティンジェンシープランの個人版といったところでしょうか。また、キャリア・クッショニングPlan B(次善の策や代替案)であると多くの記事で説明されています。


2) 具体的アクション

Career Cushioningに関する記事を50件ほど調査し、失業という不足の事態に備えるための具体的なキャリア・クッショニングとしては、以下の7つのアクションにまとめられるのではないかと思います。

①リスキリングを行う
②LinkedInプロフィール等の情報を更新する
③キャリアコーチやキャリアカウンセラーに相談する
④自分のネットワーク(人脈)を見直し、連絡をする
⑤最新の求人情報をチェックすること
⑥転職するしないに関わらず面接に応募する
⑦失業することも考慮し、精神的な準備をしておく

以下、自分自身の経験も交えて説明をしていきたいと思います。

①リスキリングを行う
自社でレイオフが始まる前に、予め自分自身のスキルを高めるためにリスキリングに取り組むことが長期的にみて一番大切なことです。

リスキリングは自分自身の未来への投資であり、日々の貯蓄と同じ。将来に備えて新たなスキルを蓄積してゆくこと」

だと僕は考えています。リスキリングに取り組むことで社内で自分の希望する部署の求人に応募をしたり、社外に成長機会を求める選択肢も増えてゆきます。リスキリングの始め方については、是非こちらをご購読頂けましたら幸いです。


②LinkedInプロフィール等の情報を更新する

現在の勤務先で新たに経験した業務や、リスキリングによって新たに獲得したスキル情報などを最新の状態にすることで、採用担当者から魅力的に見える準備をすることが重要です。LinkedInによると、2022年にはユーザーが前年対比43%増の3.65億件を新たにスキルとして追加していると発表しています。

③キャリアコーチやキャリアカウンセラーに相談する
実際に転職するかどうかはさておき、第3者の客観的な視点を通して、自分のキャリアの強みや弱みを把握し、どんなアクションを取るべきかアドバイスをもらうのもとても有益です。僕自身40代で転職活動をした際にキャリアカウンセラーの方に相談し、これまでの生き方や価値観、意思決定のタイミングや特性など、自分では気づかなかった俯瞰した視点からアドバイスを頂いたことが現在に役立っています。

④自分のネットワーク(人脈)を見直し、連絡をする
自分の現在の状態について相談したり、将来の転職を視野に入れた情報収集や企業担当者の紹介を依頼するために自分のネットワーク(人脈)を振り返ることもとても重要です。これは日頃の心がけが大切で、疎遠になっている方に突然お願いをするといった事態にならないよう、日頃から大切な方に連絡を丁寧にし続けることが重要です。

⑤最新の求人情報をチェックする
不況の中でも積極的に採用をする業界には特徴があり、在職中の現在から傾向を分析しておくといざと言う時に役に立ちます。僕自身、新型コロナウィルスの感染拡大が始まってから業務委託契約がすべて終了となり無収入になる経験をしました。その際、業績が拡大して採用を積極的に増やしていた業界を調べ、メタバース分野の仕事に就くことができました。

⑥転職するしないに関わらず面接に応募する
自分の市場評価を冷静に知るために、実は転職活動をしてみることはとても有益です。僕自身、43歳で人生で初めて転職活動をした際に、100社以上も書類選考や一次面接で落とされ、自分の市場評価に愕然とした経験があります。僕の尊敬する大先輩で面白い方がいて、全く転職する意思がないのに定期的に面接に応募してその担当者と仲良くなり、自分の人脈を広げている方がいました。理由は、自分のその時々の市場評価を冷静に見るためだと、と仰っていました。

⑦失業することも考慮し、精神的な準備をしておく
これは自分の経験と照らし合わせても、とても重要なことだと思います。僕自身40代で米国企業やスタートアップで働いていた際に3回解雇される経験をしましたが、事前にある程度心の準備ができているときとできていないときでは、精神的なショックが大きく異なりました。

以上、上記7つがキャリア・クッショニングとして取り上げられている具体的なアクションのまとめとなります。

番外編の驚くべき事例としては、今月2023年1月のFortune誌面で掲載されたレイオフを心配する現役Amazon社員のインタビューがありました。レイオフを心配していてLinkedInの求人情報等を見ていたら、自分の上司がLinkedIn上で#OpenToWork(新しい仕事を探す) と投稿している事実を知り、罪悪感がなくなり自分も転職機会を探し始めたと語っていました。社内の同僚が見える場所で堂々と転職に対する意思表示をするところまで対策をしなくてはいけない状況に陥っているのではないかと大変驚きました。


3.日本でも進行している? 水面化のリスキリングとキャリア・クッショニング


1) 離職率の推移から見る日本の状態

厚生労働省が毎年発表している「雇用動向調査結果の概況」において、2019年からの離職率の推移を見ると、2021年まで下がり続けています。

引用: 令和2年雇用動向調査結果の概況(厚生労働省)

米国で2021年から現在まで社会現象として続いている従業員の自主退職、The Great Resignation(大退職時代)とは相反する傾向が日本では続いています。

日本における離職理由は産業別、性別、年齢、様々な傾向がありますが、離職率が低下傾向にある理由は、日本人の保守的な特性も鑑みると、景気後退等を考慮して様子見をしているということも考えられます。


2) 日本でも進行中?  キャリア・クッショニング

新型コロナ感染症の拡大から日本でも「巣篭もり需要」という言葉が広まり、緊急事態宣言化のリモートワークにおいては、企業のオンライン学習講座の契約が急増し、自宅で好きな講座を空き時間を利用して学ぶことができるようになった方達も増えたように思います。最近頻繁に聞く企業の人事部の方々から、

「オンライン講座を提供したら、従業員がデジタル講座を学んで、外資系のテクノロジー企業に転職してしまった」

というお話を頻繁に聞きます。実は、日本でもこのキャリア・クッショニングは水面化で進行していたのではないか、と思います。新型コロナウィルス感染症と向き合う生活は今年で4年目に突入し、優秀な人材ほど着々と自分の描くキャリアパスを実現するために、キャリア・クッショニングを行っている可能性が高いのではないかと考えられます。

次回の投稿以降、キャリア・クッショニングと同時に企業内で起きている現象や、企業としての対策などについて書いてみたいと思います。

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