0081:ハトとモト
恋愛から、人間関係へ
恋愛の話がひと段落したところで、せっかく「人間関係」の話が出てきたので、その辺をもうちょっと掘り下げてみようと思います。気になるでしょ?
ま、結局「モトのやり取り」「モトあつめ」の話になってしまうとは思うんですけどね。
人間関係って、結局、お互いが
モトをどう減らしたり増やしたりしているか
に尽きるんじゃないかと、わしは思っています。
以前(0040)、
「同じ「注目を集める」にしても、他者が喜んでくれたら、そちらから自分にたくさんのモトがやってくるので、強引に奪い取るより、ずっと気分がいいですよ。公園で鳩にエサをやると得られるモトに似ています。」
って書いたことがありました。覚えてますか?
(^~^ )
モトは「注目される」と、周囲から集まってくるんでしたね。これはもちろん、人間に限りません。公園のハトたちに注目されても、微量ですが、集まってきます。
時に、「迷惑なエサやりおじさん/おばさん」がニュースになったりしますよね。周辺に糞害や騒音で迷惑をかけてしまっているのに、ハトや野良猫への、大量のエサやりがやめられない人・・・。
あの人たちが、エサやりをやめられないのは、あれが貴重な「モトあつめ」の種だからです。あれより効率よくモトを集める方法を、知らない・思いつかないんでしょうね。
(^~^;)
プレゼントとモトの交換
鳩に限らず、人間関係でも、人にものを贈ることで、モトあつめをすることができます。飯をおごるだけでも、感謝という相手の気持ちが、モトになって流れ込んできます。感謝している相手には、注目せざるを得ないですからね。
だから、やたらめったらおごりたがる人、プレゼントを配りたがる人とかもいます。他にも、ご近所にやたら「作り過ぎた」お惣菜を配って回るおばちゃんとかも。
こういう人も、こういうやり方でモトあつめをしてるんですね。
でも、難しい事に、それだけでは、良好な人間関係というものは、築きにくいんですよねぇ・・・人間関係って複雑ですよね。うんざりしそう(笑)。
(^~^;)
ていうのも、さっきと逆の立場で考えてみると、贈り物を贈られ続けると、そのたびに「相手にモトを与え続ける」事になってしまうんです。
だから、過剰な親切は、警戒・敬遠されてしまうんです。お金や物が増える代わりに、モトを持っていかれますからね。
気を遣わせてしまう、という表現がぴったりするのでしょうか。それに贈る側が気付ければいいのですが、おかず配りおばちゃんになってしまうと、やっぱり「いい人なんだけど、付き合いづらい」という印象を持たれてしまいがちになってしまいます。
まことに難しい・・・。
それぞれの「モトあつめ」
なので、わしらが人間関係で「意識すべきこと」は、やっぱり
今、『モトのやり取り』がどんなふうに起こっているか
だと思います。どんな人間関係でも、例え「袖触り合うも多生の縁」のような、カジュアルな関係でも、やっぱりその場で「モトのやり取り」が行われているんです。
全ての人にじゃんじゃんモトを与えられたらベストなのですけど、だれもがそこまで聖人君子になれるわけでもないし、やっぱり自分が「嫌だ」と思うもの(好き嫌いゲージを下げるもの(0015))のことは、ちゃんと嫌った方が、自分への愛情(=モトの量)を保てますしね(0025)。
だから結局、周囲の人々の「モトあつめ」に、自分のモトをどれだけ送るかを、自分で決めて、調整する必要があるのかもしれません。
これこそが、人間関係における「バランス感覚」なんじゃないか、と最近は思っています。
・・・なんだかとりとめない話になってしまいましたね。また次回。
そうそう、わしの話は信じないようにね。約束だゾ!
d(^~゜ )
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これは、拙ブログ『人生はなぜ辛いのか、と思った時に読むブログ』からの転載です。イラストや強調で分かりやすい、本家サイトはこちら。
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「ニンゲンのトリセツ」著者、リリジャス・クリエイター。京都でちまちま生きているぶよんぶよんのオジサンです。新作の原稿を転載中、長編小説連載中。みんなの投げ銭まってるぜ!(笑)