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エモいだけで片付けたくない映画

 やっぱり気になってしまう。「愛がなんだ」は、私にとってそういう映画である。この作品が好きなのか、この作品を観ている自分が好きなのか、それは定かではないが、映画館で観たときのあの何とも言えない邦画特有の生々しさから生まれる後味の悪さ、リアルな男女のやり取りや独特な雰囲気を感じたい。そう感じてしまうこの作品は、原作にとても忠実な映画になっていると思う。映画を観終わってから本を読んだのだが、読み終わったときに1本の映画を観たのか、本を読み終えたのかわからなくなってしまったほどである。映画を観て「エモかったねえ」と満足するだけじゃもったいない。原作も手に取って、ぜひ登場人物の気持ちを文字で確認してほしい。

視線が語る感情

 この映画で、最も印象に残っているシーンはテルコとマモちゃん、すみれさんとマモちゃんの友人の4人で食事をする場面である。全員の視線だけに焦点を当てるシーン。さまよう全員の感情の動きや意思をあれだけリアルに表現できる方法は、あの撮影技法しかない気がする。先日観た「窮鼠はチーズの夢を見る」でもそのようなシーンがあったが、そのカットとは比べものにならないくらいドロドロと生々しく何とも言えないもやもやが心に生まれる場面であった。

主役級のわき役

 作品に登場する中でずば抜けてお気に入りなのは、若葉竜也さん演じるナカハラである。「愛がなんだ」というワードが一番似合っているのはナカハラだと思う。好きであるが故に、その人の都合のいい存在であってもかまわないというスタンスの彼が、好きでいることを辞めると決断するシーンは誰しもが理解できる感情ではないと思う。でも、ナカハラの表情を観ていると腑に落ちてしまうのである。そんな形の愛でもいいのだと。人を想う熱量の強さを感じる彼の存在に、自ずと引き込まれているのかもしれない。

1番幸せなデート

 二人が仲良く焼き芋を分け合うシーン、カフェで仲良くおしゃべりするシーン、この作品には素敵な二人のシーンが至る所にある。彼女にとって人生の絶頂ほど幸せな場面を観ていると、その瞬間だけは一生であって欲しいと願ってしまう。瞬間が一生であることなど存在しないのに。わかってはいるけれど、やっぱり幸せな時間はかけがえなくて一生続かないからこそ大切だと気づかされる。
そして必ず煮込みうどんが食べたくなる。

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