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通りすがりの魚屋さん【第2話】

ぎしり、ぎしりと音を立てて住宅解体ショベルカーのアームが捻じ曲がり、火花を散らし始める。
運転席内でショベルカーを操作していた偉丈夫は半狂乱で叫ぶ!

「ウアーアアア!!やめろ!やめてくれ!!アアアーッ!!!!」

窓から外を見降ろすと、そこには白波めいて薄く透き通ったヴェールを纏う浮世離れした風貌の女性の姿。何たる神話的光景!

「あんた何故だーッ!一体何をした!?アアアーッ助けてくれ!!!!」

「えーと、あなたはつまりこう思ってるのね?この事態は『わたしが故意に引き起こした』って」

『故意』。その言葉を聞いた瞬間、偉丈夫の顔が引きつった。その間にもショベルカーを襲う「それ」の触手がああ、窓に!

なぜこのような事になったのか?少し時を遡らねばなるまい。


――――――――――――


とある町で。

「魚ー、魚ー、ぴちぴち新鮮なお魚よー」

台車を引きながら魚を売る露出度の高い女性の姿があった。清水のように蒼く輝く髪と神秘的な紅い瞳が美しい。
彼女の売る魚は常に新鮮で、町の住民にも人気があった。

「サバ4匹くれ」「2匹で十分でしょ?」「従姉妹が来るんだ」「4匹ね」

顔なじみになった客と談笑していたそんな矢先、町に魔の手が!


CRAAAAASH!!!!


ある一戸建て住宅がショベルカーで破壊されているのだ、無論空き家ではない!無残!逃げ出す通行人!

「俺たちの家が!!」
「あれあなたの家なの、どういう事!?」
「まるでヤクザの地上げじゃないか、警察呼ばないと!」

破壊されている住宅はサバを買いに来た客のマイホームらしい。
魚売りは彼の発した「ヤクザ」「地上げ」といったキーワードから、一つの推理を導き出した。

そして彼女の鋭い観察眼が捉えたのは……。(やはり!)

件のショベルカーの側面にはLED表示板が埋め込まれ、そこには
「合法的手続きで解体」「故意の破壊行為はない」等の文言が威圧的に点灯している。
だがその文言が欺瞞である事を雄弁に物語る存在……機体後部に彫刻されているヤクザ・コーポの悍ましき紋章である!

「警察が来てくれたぞ!これで……」
「いや、警察は役に立たないわ」
「どういう事だ!?」

警察官らしき男達が現場に到着すると、破壊は一旦止んだようである。
作業着姿の男数人監督黒服がショベルカーの周囲に集まっている。監督黒服が警察官達に何か話した後、ショベルカーを指差す。
警察官は監督黒服に何か形式的な注意をしたようだが、ペナルティはない。

「業者の方も正規の手続きだと説明されていました。故意の破壊活動でない限り罪には問えません」と客に説明する警察官。欺瞞!
「そんなバカな話が!!」「業者の方と話し合って下さい」

警察が撤収すると、監督黒服の指示と共に破壊が再開される。ヤクザ・コーポと国家権力は癒着複合体を形成しているのだ……何たる涜神的光景か!

「奴らは公権力と癒着してるらしいわ」
「このまま黙って見てろってのか……」
「大丈夫、わたしが何とかする。これ以上壊させないから」


その間にも作業員ヤクザが家を破壊し続ける!

CRAAAAASH!!!!

「早くここを更地にしろ!そうすればすぐに登記を乗っ取れるんだ!!
監督黒服がショベルカー操作ヤクザに檄を飛ばす!
「全く、重機一つじゃ時間かかってしょうがねえ……ア?」

「ヤクザ・コーポの皆さん、ご苦労様です……が解体工事は中止です」魚売りの女性の凛とした声が響く!!
「ここは立ち入り禁止だ!!」監督黒服が作業員ヤクザに指示を飛ばす!

「「「「進入禁止オラーッ!!」」」」
作業員ヤクザは工具を放り捨て、警棒を魚売りに向ける!鈍く光る金属の表面には『安全第一』『区画整理』等の威圧的文言見るも悍ましい書体で刻印されている。

「行けぇーっ!!」
魚売りのラインの乙女じみた怖ろしくも神秘的なシャウト!それと共に背後から何らかの飛来物が複数出現、矢のように作業員ヤクザ達に襲いかかる!
銀色に輝くそれは……殺人サンマだ!
「「「「アババババーッ!!!!」」」」
殺人サンマの槍の如く鋭利な口先が作業員ヤクザの心臓を次々貫通!
全員即死!

「貴様ッ!!」監督黒服が抜いたのは長ドス!危険なヤクザ凶器だ!
「化けの皮が剥げたわね!」魚売りはしなやかな動作でショベルカーを挟み反対側に移動!

「潰せ!!」監督黒服はショベルカー操作ヤクザに指示を飛ばす!運転席の偉丈夫がショベルカーのアームを高々と振り上げた!

「行けぇーっ!!」
魚売りのラインの乙女じみた怖ろしくも神秘的なシャウト!それと共に空間に超常の水面が発生し、アームの巨大質量を容易く受け止める!


「こ……これはどういう事だ!説明してくれ、ボス!!」運転席の偉丈夫がボスに状況説明を求める。

「……グガガガアーッ!!!?」しかしボス……監督黒服からは絶叫しか返ってこない!

「……ボス!!ボス!?」偉丈夫は狼狽!!
闇雲にアームを振り回そうとするが……アームが動かぬ!何故か?


その理由は……魚売りが生み出した超常の水面から伸びる巨大なタコ触手がアームを締め上げているためだ。そしてその一本は……監督黒服を大蛇じみて締め付けていた!

徐々に金属のアームが歪み始める。タコの触手は筋肉の塊であり、それがこの巨大サイズともなれば……。

ぎしり、ぎしりと音を立てて住宅解体ショベルカーのアームが捻じ曲がり、火花を散らし始める。
運転席内でショベルカーを操作していた偉丈夫は半狂乱で叫ぶ!

「ウアーアアア!!やめろ!やめてくれ!!アアアーッ!!!!」

窓から外を見降ろすと、そこには白波めいて薄く透き通ったヴェールを纏う浮世離れした風貌の女性の姿。何たる神話的光景!

「あんた何故だーッ!一体何をした!?アアアーッ助けてくれ!!!!」

「えーと、あなたはつまりこう思ってるのね?この事態は『わたしが故意に引き起こした』って」

『故意』。その言葉を聞いた瞬間、偉丈夫の顔が引きつった。その間にもショベルカーを襲う「それ」の触手がああ、窓に!


「まぁ、あれよ。わたしはただ魚売ってるだけ。見てわからないかしら?」

「ウエッ……!?」

「故意にあんな巨大タコ暴れさせるなんて、できる訳ないじゃない」


監督黒服の手から力なく長ドスが落ちた。運転席ガラスの向こうからは巨大な眼球が偉丈夫を見返してくる。

(ボスは死んだ……?ヤクザ・コーポは絶対だと思っていたのに……!!こんな得体の知れない女相手に……!?それにあの化け物……何なんだ……?あり得ない……!!)

偉丈夫の脳内が狂気に塗りつぶされていく。
やがて窓一杯に吸盤が張り付き、メキメキと車体を押し潰してゆく……住民の安寧を無残に破壊した者の末路であった。


――――――――――――


「これでもう平気よ。悪い奴らは全員何とかしたわ」

全てが終わり、作業員ヤクザの死体も何時の間にか綺麗さっぱり消えていた。客と彼の従姉妹が魚売りに感謝している。

「何とか建て直せそうだ……まさか登記まで乗っ取るつもりだったとは」
「地上げと聞いてどうなるかと思ったけど」
「前向きにやっていくことにするね!」

客がふと魚売りに疑問をぶつける。
「一つ聞きたい事がある……お姉さん、一体何者だい?」



「……通りすがりの魚屋さんよ!!」



【第2話完】

スキするとお姉さんの秘密や海の神秘のメッセージが聞けたりするわよ。