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通りすがりの魚屋さん

黒服の偉丈夫は弾の切れた拳銃の引き金をカチカチと鳴らしながら、譫言のように恐怖の声をあげていた。

「アアアア……化け物……ウアア……」

「何よ、弾を止めたくらいで化け物呼ばわりは失礼ね」

相対するは、競泳用水着めいた密着型スーツの上に薄く透き通ったヴェールを纏う浮世離れした風貌の女性である。

なぜこのような事になったのか?少し時を遡らねばなるまい。


――――――――――――


とある町で。

「魚ー、魚ー、ぴちぴち新鮮なお魚よー」

台車を引きながら魚を売る露出度の高い女性の姿があった。清水のように蒼く輝く髪と神秘的な紅い瞳が美しい。
彼女の売る魚は常に新鮮で、町の住民にも人気があった。

「アジ4匹くれ」「2匹で十分でしょ?」「弟が来るんだ」「4匹ね」

顔なじみになった客と談笑していたそんな矢先、町に魔の手が!


「誰に断って無断ライブ演奏オラー!!」「付け届けがまだッコラー!!」


若いミュージシャンらしき男を揃いの黒服の男が半ダース程で囲んで警棒で叩き、威圧しているのである!恐怖!逃げ出す通行人!

「お、弟が!」「兄さん!!」「「部外者は黙れコラー!!」」
「ちょっと、何が起こっているの!?」

アジを買いに来た客によると、囲んで叩かれている男は彼の弟であり、ミュージシャンデビューして一山当てた記念にこの町でゲリラ凱旋公演を目論んでいたらしいが……。

「それを、あの金の亡者《権利協会》が嗅ぎつけたようだ。奴らは公演中止か莫大な賠償の二択を迫るだろうな」

黒服達の腕章には確かに《権利協会》の文字が見るも悍ましい書体でプリントされている。
彼らはヤクザ・コーポと国家権力の癒着複合体……即ち公権力執行ヤクザの走狗なのである!!

「とにかく許せない話だって事はよくわかったわ」
「だが……どうするんだ?相手はヤクザで、公権力だぞ」
「わたしが何とかする。弟の事は安心して」


その間にも公権力ヤクザが弟を虐げ続ける!

「権利は我々が持ってんオラー!!」「カネ払うか中止かだコラー!!」
「ヒイイイイ……」
「権利協会舐めんなコラー!!」
「お前をしょっ引いてもアババーッ!?」

公権力ヤクザの一人の眼球に何らかの飛来物が突き刺さり脳髄破壊!即死!
「「「「アァーッ?」」」」公権力ヤクザ達が一斉に訝しむ。
「わたしが相手になるわ!!」魚売りの女性が挑発的に啖呵を切る。

「「「「公権力執行オラーッ!!」」」」
公権力ヤクザは弟を放り捨て、警棒を魚売りに向ける!鈍く光る金属の表面には『既得権益』『公的権力』等の威圧的文言見るも悍ましい書体で刻印されている。

「行けぇーっ!!」
魚売りのラインの乙女じみた怖ろしくも神秘的なシャウト!それと共に背後から何らかの飛来物が複数出現、矢のように公権力ヤクザ達に襲いかかる!
銀色に輝くそれは……殺人サンマだ!
「「「「アババババーッ!!!!」」」」
殺人サンマの槍の如く鋭利な口先が公権力ヤクザの心臓を次々貫通!
全員即死!


「兄さん!」「大丈夫だったか……魚屋のお姉さん、ありがとうな……」

その時である!

「感動的なとこを邪魔して悪いが、こっちも仕事なんでね」

深淵の底から響くような名状し難い恐ろしい声と共に現れたのは、公権力仕様黒服の偉丈夫だ。
腕章に加え胸には冒涜的な色彩に輝くバッジ。公権力ヤクザ共のリーダーに相違無い。

「さて、これはどういう事だ?」「「それは……」」

周囲は公権力ヤクザの死体でマグロ解体場じみた惨状と化している。

「じゃあこれも正当防衛って事だよな?」
偉丈夫は公権力カスタムヤクザ拳銃の銃口を兄弟に向けた!
だが、そこに魚売りが立ち塞がる!!

「そこをどけ小娘!」「あなたが親玉ね、なら尚更どけないわ」

「何をふざけた事を……!!」
偉丈夫は公権力ヤクザ拳銃を発砲!


BLAM!BLAM!


だが魚売りの白い肌には傷一つ無い。銃弾は足元に転がっている!

「この距離で外すはずが……今度こそ頭吹っ飛ばしてやる!!」
偉丈夫は再び公権力ヤクザ拳銃を発砲!ヘッドショット殺を狙う!


BLAM!BLAM!


だが魚売りの整った顔には傷一つ無い。銃弾は指で挟まれ投げ捨てられた!

「バカな!あり得ない!とにかく死ねえええ!!」
偉丈夫は三度公権力ヤクザ拳銃を発砲!もはや銃を持った獣だ!


BLAM!BLAM!


やはり魚売りには傷一つ無い。何故か?
銃弾は魚売りの目の前で超自然の力に阻まれ……水中に投げ込まれた石の如く……速度を減じ、重力のままに沈んでいったのだ。

(どういう事だ……!我々ヤクザ・コーポが公権力を握る遥か前からこのような得体の知れぬ怪物が……!?何十年……否、何百年と世界の闇に……!?)この超常的現象を前に偉丈夫は発狂!

「何故だ!公権力が効かない!?ウワアアア!!」
偉丈夫は公権力ヤクザ拳銃を乱射……できぬ!弾切れだ!


Click!Click!Click……


黒服の偉丈夫は弾の切れたヤクザ拳銃の引き金をカチカチと鳴らしながら、譫言のように恐怖の声をあげていた。

「アアアア……化け物……ウアア……」

「何よ、弾を止めたくらいで化け物呼ばわりは失礼ね」

一方魚売りは整った顔を崩さずに抗議じみた声をあげる。

「さて、お近づきの挨拶としては十分よ。贈り物も貰ったしね」
「……ウワアアアア……!?」
偉丈夫は完全に正気を失っており、弾の切れたヤクザ拳銃の引き金をマシンめいて引き続けている。

「お返しもしなくっちゃいけないわね」
魚売りが宙を手で打つと、空間に超自然の波が広がった!

「行けぇーっ!!」

ラインの乙女じみた怖ろしくも神秘的なシャウトと共に超自然波間から水飛沫が上がり、恐るべき巨大ザメが跳躍出現したのだ!
「ギャアアアアーッ!!!!」
巨大ザメが偉丈夫の両腕を根元から食い千切る!ゴア!!
「ギャアアアアーッ!!!!」
巨大ザメが偉丈夫の両足を根元から食い千切る!ゴア!!

「アバ……アババッ……」

両手両足を失った男は、もはやトカゲに狙われた芋虫の如くのたうち回る事しかできぬ。公権力ヤクザ共を従え、無辜の市民を虐げていた者の末路であった。


――――――――――――


「これでもう平気よ。悪い奴らは全員何とかしたわ」

全てが終わり、公権力ヤクザの死体も何時の間にか綺麗さっぱり消えていた。兄弟が魚売りに感謝している。

「弟の凱旋公演も無事開けるだろう、助かったよ」
「助けてくれてありがとな、俺のライブも見に来てくれよ」

兄がふと魚売りに疑問をぶつける。
「一つ聞きたい事があるんだが……お姉さん、一体何者なんだ?」



「……通りすがりの魚屋さんよ!!」



【第1話完】

スキするとお姉さんの秘密や海の神秘のメッセージが聞けたりするわよ。