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欅坂46から櫻坂46新曲MV「Nodody‘s fault」の変化

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2020年、坂道グループの1つである欅坂46の改名が決まり10月にラストライブをもって櫻坂46に改名した。改名して早1か月新曲「Noboby`sfault」が11月11日の昼頃にYouTubeで公開された。新センターは森田ひかるを中心とするメンバーで構成。また櫻坂に改名と同時に選抜制度が導入されたことが櫻坂46の冠番組「そこ曲がったら櫻坂」で発表されファンに衝撃が走ったのは記憶に新しい。※「そこ曲がったら櫻坂」は略すとそこさくらしいが同じファンの対応の早さにには驚いた。

櫻坂46の「Nobody`s fault」は実はラストライブの二日目の公演の最後に発表され感激したのを覚えている。新曲の「Nobody`s fault」聞いた時は櫻のような華麗な曲という印象だった。衣装も変わり花びらのような白ピンクの衣装だった。MVが公開された今少し感じていた世界観と少しのズレはあった。一回見ただけだったがラストライブで行った背景とMVの世界観の違いには少々驚きと安心があった。今までとのかなりの路線変更をするわけではなさそうだ。

「Nobody`s fault」これを訳すと誰のせいでもないという訳になる。似たような題名が欅坂のカップリング曲にあるのをしっているだろうか。「Nobody」ぜひ聞い欲しい。

今回改名にあたりMVも発表された中でこんな声が聞こえてきた。「今までと同じじゃん」「ただ名前が変わっただけじゃん」こんなコメントを見たことがないだろうか。SNSでこのような発言をしている人がいたのを著者は確認している。そこで今までと相違点を話していきたい(書いて)と思ったのだ。「Nobody`s fault」

2つの相違点

1,楽曲の歌詞

「Nobody`s fault」の歌詞

この世界を変えようなんて
自惚れてんじゃねえよ
知らぬ間に汚れちまった空は
宇宙が見えない Blue
自分が吐いた息と嘘で
締め切った窓は曇ってるぜ
心の空気を入れ替えろ!
それでも夢を見たいなら            No! No! No! 他人(ひと)のせいにするな
鏡に映ったおまえは誰だ?
勝手に絶望してるのは
信念がないからだってもう気づけ!
No! No! No! 誰かのせいにしても
一つが残る椅子取りゲーム
それならいっそ 孤独を選びな!
No! No! No! Nobody’s fault           生き方を改めようなんて
できるわけないって逃げるのか?
いつのまにか大人になっちまったんだ      言い訳ばっかでうんざり
泣き言なんか聞きたくもねえ
どんなに悔やんでも 叫んだって…
やるか?やらないのか?それだけだ
もう一度 生まれ変わるなら          No! No! No! 綺麗事を言うな
洗っても洗っても落ちない泥だ
それでも生きる 強さを信じろ
No! No! No! Nobody’s fault          どんなに深い森も一本の木が
集まってできているんだ
風が吹けばわかるだろう Yeah
光と影は何度も重なり合い 大きな森になるのさ
自分の(自分の)せいにもするな WOW      No! No! No! 誰のせいでもねえ
天に唾を吐くな                No! No! No! 他人(ひと)のせいにするな
鏡に映ったおまえは誰だ?
勝手に絶望してるのは
信念がないからだってもう気づけ!
No! No! No! 誰かのせいにしても
一つが残る椅子取りゲーム
それならいっそ 孤独を選びな!
No! No! No! Nobody’s fault

欅坂46は今までのアイドルと違って悲しんでいる人が居たとき応援するのではなく一緒に悲しんでくれる、寄り添ってくれるような歌詞。また一緒に戦う戦士のような歌詞もあったのが印象的だった。今までの曲歌詞は「サイレントマジョリティー」然り、「不協和音」然り「黒い羊」然り、他の曲もそうだった。

「Nobody`s fault」は今までとは違うのである。例えば「心を入れ替えろ」「勝手に絶望してるのは信念がないからだってもう気づけ」など視点が変わったいる。理想だけ吐いても現実とは違う甘ったれるなと言っている感じだ。人に守ってもらうだけでなく、それに戦おうとする心がないとやっていけない。お前も立ち上がって戦えと言われている気持ちだ。今までと対象が変わっているのだ。今までは寄り添い、同じく戦士になってくれるような存在だった。不満ばっかりで何も行動しないのかお前の意志はどうしたと

2、子どもと大人

今までは思春期に直面するであろう曲。歌詞だけ見るとそうは見えないが彼女たちがパフォーマンスすることでよりそれを感じさせる。今までは語ってきたのは思春期つまり子ども目線なのだ。しかし「Nobody`s fault」は大人に成長した社会人や社会人との狭間にいる人間目線のメッセージに聞こえるのは著者だけだろうか。「いつのまにか大人になっちまったんだ言い訳ばっかでうんざり泣き言なんか聞きたくもねえ」などもう大人になって諦めかけた人間に問いただしているようだ。言い訳をしてもう挑戦することをやめ、はみ出すことを止めた意志を失ってしまう社会へのメッセージ。成長して大人になり夢や希望を諦めてしまう私たちに叫んでいる。

まとめ

今回、心機一転改名したことで書いてみた。今までと同じかはどうかは今後どうなるかはわからないがまるっきり同じではないだろう。この内容、考察はもしかしたら制作側の意図とは違うかもしれないが著者がMVを鑑賞した印象はこうだった。まだ文章も不十分化もしれないしからどんどん更新する。今回の改名にあたり欅坂46ファンを卒業しようかどうか迷ったことは何度もあった。正直、大衆向けの可愛いアイドルなどになってしまうのではないかと心配をしていた。著者自身、欅坂46が作りだす世界観が好きだったからこそファンになった部分が大きい。今までアイドルファンじゃなかった人を取り込めたのはそれである。平手友梨奈が作り出す世界観が好きだったのかもしれない。だが著者は一つの事にのめり込む性格でまるっきり興味のないものには目を向けない。その中で「不協和音」をみてファンになったことを今でも覚えている。だからこそもう一度復活を願って応援しているのだろう。ある意味先が見えないグループであることは間違いない。それは今までに似たコンセプトで活動するならば変わらない。だがそんなグループも悪くないと思ったこの頃である。

欅坂46(櫻坂46)のグループという人物が成長していく物語を見ているようだ....

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