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コンテンポラリーダンスと音感

2021年、あけましておめでとうございます。

去年に引き続き、行動が抑制されつつ未来も見えにくい状況かもしれませんが、人間は変わらず状況に対応していくものです。「これからも未来は自分の足で歩いていくのでしょうから、できるだけ前を見ていきましょう」と、自分に言い聞かせる形から2021年は始まりました。

今年もよろしくお願いします。


さて、今年最初のNoteは、コンテンポラリーダンスと音感について書こうと思います。

この音感というのは、人それぞれ持っている感覚が違う(味覚の感じ方が違うみたいなもの)のが普通だと思います。音痴やなんやと言われるのも、ただその人にとったら普通が、周りがいう『普通』と違うだけだと思います。


そこで、今回なぜコンテンポラリーダンスの音感と表記したのかと言いますと、「コンテンポラリーダンスは音だけに乗っているわけでは無いから」と感じているからです。

クラシックや様々なダンスは、やはり音に乗って格好よく『決めるべき瞬間』を取り込む。いかに気持ちのいいアクセントを体に取り込み、その瞬間が決まれば格好いい。というのが主流ではないでしょうか。

そして、この「決まった」という瞬間などに敬意を称えて日本では、キレッキレのダンスと表現しているのではないでしょうか?

確かにこれは見ていて豪快で気持ちがいい。わかりやすくて理解できる。すっきり終わって答えが出ている。などの感覚が見ている人に与えています。

でもだからこそ、キレッキレという表現が好きになれないんです。それは、そこにしか目が行っていないことになり、さらに1時間以上のダンス作品の中では、その部分は米粒を食べただけの感覚でしかないからです。


そして、作品によって違いはありますが、音を外して動く表現もあるのです。この外すというのは難しく、ただ『外れている』ではダメで、意図的にうまく外すと綺麗に逆にハマるのです。

次に、カウントというものもありますよね?ダンスの練習にもカウントで取る事が本当に多いのですが、実はこれで問題が複数出てきます。それが、先ほどに書いた感覚の違いから生まれるのです。そう、『速さとアクセントの取り方の違い』です。


音感に関して言えばこれ以外にもありますが、まずはカウント。実は誰もがはっきりわかるカウントの取り方でも違いがあります。それが、音楽のどの瞬間に1をとるのか、そしてその1を同じ感覚で取り続ける事が本当にできているかどうかです。

意外とこれができておらず、さらにコンテンポラリーで使用される音楽は8拍子の音楽からはずすことも多く、さらにカウントしづらくなっています。


そこで、さらに出てくるのがアクセントの取り方。

音楽は一つのメロディーだけでできているものはありませんよね。つまり音階があり、この楽器はここ、違う楽器はここ、バスはここ、主旋律はここ。誰もが主旋律でアクセントをとっているとは限らず、しかもコンテンポラリー作品は、さらにごちゃ混ぜで、微妙に絶妙に感覚を捉えようとするものが多いのです。


これは自分の見解ですが、だからコンテンポラリー音楽もダンスも難しいと言われ、そしていいと思える作品も少ないのかもしれません。それがコンテンポラリー作品において、外れてるのではなく気持ちよく外す技術が要求されるからです。

これらだけでも音楽は取りにくいものです。プロ10年以上のダンサーでも音を捉えるのは難しい。だから極端にいうと、無音で踊った方が楽でもあります。さらにインプロにすれば何をしてもいいので、実は難しそうな無音での表現がダンサーには簡単だったりします。まあ、人間には心臓の感覚とか呼吸の深さとか、追求すればそういうものもありますしね。


さて、これらについて書き出すとまだまだ長くなるので、今回の結論で自分が思うコンテンポラーの音楽の取り方で一番いい方法はというと、「感覚で捉える」です。

「いや、お前何言ってんねん、今まで引っ張っておいて結果がそれかよ。」

はい、ごもっともです。だからここまで頑張って仕事に食らいついてきたんです。答えがあるとは最初から言ってませんし、これだけ出来たらっていう答えがあれば、誰でもできるってもんだ。


まあそれではよく無いので、もう少し噛み砕くと、カウントだけに縛られない。アクセントだけに縛られない。自分が捉えられるベストのリズムを掴み取るという事です。

音楽はカウントではありませんよね。もしもカウントであるのであれば、1234と言ってればなんでもよくなってしまいます。だから、サウンドをそのまま体に飲み込む感覚で自分は踊っています。

そうすることにより、捉えるべき瞬間は捉えて、それ以外は動きに集中できるし、感情も動きの中に打ち込む事ができます。カウントだけに捉われずに動きに表現を取り込めるのがダンサーとして嬉しいわけですしね。


実はこの感覚の取り方が、惹きつけられる調味料だと信じています。『決まった瞬間』は最初の味、でも後味が悪ければ(決まった後にぐらつくとか、こけるとか、決まった瞬間以外は面白みがないとか)意味も持たなくなってしまいます。

コンテンポラリーダンスだけとは勿論限りませんが、音とのコラボはその流れのどこを捉えて道を作るか。音楽を感覚で捉え、その音楽の広さを動きの広さでまじり会わせるのがいいと思うので、カウントなしで一度音楽を聴いて踊ってみてください。

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