夜のお散歩
「ねぇ今日暇?」
せっかく都会に来たんだから田舎じゃできなかった特別なことしたい。上京してすぐの私の口癖。付け焼き刃の知識で買った中古の一眼片手に、片っ端にイベントに参加した。その日は巷を賑わすチームラボ主催のイベント。神社・仏閣に施されたライトアップをスタンプラリーしながらまわる形式だった。スタート地点に行くと家族連れやカップルだらけで酷く自分が場違いである衝動に駆られた。急に予定が入るのを嫌うくせに自分は急に連絡するんだから矛盾してるよなと感じながらもいつものように悠人にLINEしていた。
しばらくして返事が来た。
「咲来。どうしたの」
そこからイベントの内容と場所を伝えた。二つ返事で彼はやって来た。ご丁寧に一眼を持って来たので2人で夜の街に繰り出した。夢中になって撮ったかいあって煌びやかに映えた神社や幻想的に光り輝く仏閣であっという間にメモリーが埋め尽くされた。
「帰ろっか。」
そう言って歩き出した私を彼が引き止める。
「もう1箇所だけ」
お願いポーズで頭を下げる悠人に根負けして反対方向に歩き出す。
「もう間に合わないと思うけど。」
文句を言う私をよそに悠人はバイトの話や大学の話、最近食べた韓国料理の話を始めた。適当な相槌をしながら聞いてたらいつの間にか映画の話になってて、今度の週末一緒に見に行くことに決まっていた。
1時間くらい歩いてやっと目的地に着いた。真っ暗な神社。人っ子一人居ない。
「ほら間に合わなかったじゃん」
「だね。ごめんごめん」
ひたすら歩いて疲れてるはずなのに不思議と気分は清々しくて最後のスタンプを押した。真っ暗な神社に手を合わせ祈ってから元来た道を歩いた。何を祈ったか覚えてないし、何なら何も願わなかったかもしれない。悠人はあのとき何を考えていたんだろう。
悠人はいつだって優しかったね。わがままに何でも付き合ってくれた。バカみたいな話にも楽しそうにうなづいて、推しの話を永遠してもにこにこしながら聞いてくれて、しまいにはCD貸してよ。俺も聴きたい。なんて言うんだから人が良すぎるよ。その日も明日〆切りの課題があったことを後で同じ学部の友達に聞いて知った。ギリギリに手をつける悠人のことだから、めちゃめちゃ追い込まれて課題とにらめっこしてるとこだったでしょ。あの日帰ってから寝ずに仕上げたんでしょ。ほんとバカだよ。無理だって断ればいいのに。
帰りの電車で悠人からLINEが来た。
「誘ってくれてよかったよ。いい気分転換になった。また連絡してよ。いつでもさ。」
まじでお人好し。知ってたよ。見えたから。悠人が撮る写真は不思議な透明感があって好きだった。だからこっそり見たんだ。途中、屋台で買った団子の串をゴミ箱に捨てにベンチを立った時に。カメラロールの中にはライトアップされた建物に紛れて私の横顔や後ろ姿の写真があった。
「なんでよ。なんでもっといい子をすきにならないんだよ。」
悠人の優しさに答えたかった。優しく見つめる眼差しに同じように返したかった。大好きって言葉に大好きって伝え会える関係になりたかった。
ごめんね。私別の人のこと考えてたんだ。誰にでも優しくて人たらしで、家族と仲悪くて困ってた元カノ放っておけなかった元彼。夏くんと別れたあと、悠人の優しさに甘えてたんだ。好きになれたら良かったのにね。好きな人の1番になれない恋なんてしないって誓ったのにね。悠人のそばなら幸せになれるって分かってたのにね。悠人と過ごす時間はまるで陽だまりにいるようだった。優しい優しい陽だまりは暖かくて、幸せで…ドキドキしなかった。バカでしょ私。
「ねぇ悠人。私たちあと、10年遅く出会ってたら友達以上に慣れたかな。」
こんな言葉を告白の返事にLINEでよこすような女忘れて幸せになってね。
あの日の写真を見返す度に思い出す。赤赤と光る五重塔の下で見た悠人の横顔。クリスマスツリーの下で見た夏くんの横顔と重ねてた。きっとバチが当たっちゃうね。
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