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一瞬のナンパ師

真夏の九州の空港に降り立ったその日は、出張の移動日で仕事は何もありませんでした。空港でレンタカーを借りてホテルへ向かおうとしたんですが、まだ昼過ぎだったのでこのままチェックインしてもつまらないなと。また、その受付の子がちょっとかわいかったんですね。気づけば、口が勝手に動いていました。

「何時に仕事終わるの?」

誤解のないように言っておきますけど、ナンパなんてしたこともないし、生来シャイでそんなことができるようなタイプじゃないんです、マジで。また、そこまで自分のタイプというわけでもなかったので声かけておきながら自分が一番驚いていました。

「ちょうど、もう上がれるけど…」

あれ?なんか、なんか、全然嫌がってないぞ…。

「そしたら、ドライブでも付き合ってくれない?」

「いいけど、一度シャワー浴びたいからウチまで付いてきてくれる?」

「(ゴクリ)…もちろん!」

こんなご都合主義のエロ漫画みたいな展開があるんだなぁ!美人局とかじゃないよね?と半信半疑で彼女の運転する車の後を付いて行きました。10分ほど走ると、郊外の市営住宅みたいなところに停まりました。黙って促されるまま部屋に入ったその時です。

奥から幼児が二人「おかえり〜!」と出てきました。

あらららららwそーゆー最重要情報を教えてよ、最初に!童顔で二十代前半に見えたし、まさか子持ちとは思わなんだ。

「こ、子供いるんだねw ご主人は仕事?」

奥から出てきたらどうしようとビクついたものの、幸いそんな気配はありません。

「離婚してシングルマザーなの」

「そうなんだ。大変だね(にしても子供だけで留守番?)」

彼女は頷きました。二人とも3、4歳ぐらい。こういう家庭があるんだな…。

「シャワー浴びてる間、子供たちと遊んでてくれる?」

彼女はいたずらっぽく笑うとバスルームへ。ぼくは言われた通り子供たちと遊んでました。子供たちが「お腹空いた」と言うので、同情したぼくは彼女に「カレーでよかったら作るよ」と提案し、みんなでスーパーに買い物へ。

食材を買って戻って来ると、なんか子供が一人増えてる???

「あれ?子供が3人になってるけど…」

「うん、奥で寝てたからさっきは起こさなかったの」と彼女。

3人の幼子を抱えて一人で大変だなと思いつつ、一人でカレーを作りながら「おれは一体出張先で赤の他人の家に上がり込み、何をしてるんだろう?」と。

みんなでカレーを食べ始めると、その寝ていた子の様子がどうもおかしい。だるそうで食もすすんでない。

「その子大丈夫?熱っぽいんじゃない?」

「うん、昨日から熱出てるの」

「それも早く言おうよ!」

額に手を当てると確かにすごく熱い。

「食べたら、病院行こう」

「でもお金ないし」

「確か、お金かからないでしょ?かかったとしてもおれ出すから行こう」

近くの救急を調べてみんなで車で向かいました。病院は混んでいてひどく待たされましたが、無事診てもらえて、彼女は医者に「なんでもっと早く連れてこなかったんですか!」などと怒られていました。きっとぼくが促さなければ医者には行ってなかったでしょう。後から聞いたところではもうちょっと連れてくるのが遅かったらヤバかったとか。ともかく夜遅くホテルに帰りました。

翌日は早朝から仕事だったのですが、すぐに終わったのでまた彼女の家に行って子供の無事を確認し、帰る前に今度はぼくがシャワーを借りて汗を流し、みんなにお別れして飛行機に乗りました。

自宅に帰ってから彼女の家にスーツのズボンを忘れたことに気づきました。電話番号を聞いてあったので「着払いでいいからズボンを送って」と頼みましたが、なかなか届きません。

一週間ぐらい経ったころ、見知らぬ番号から電話があり、「おまえ、人の女になんばしよっとか!」みたいなケンカ腰のどなり声が。

どうも相手は彼女の別れた元夫で、関係が切れてなかったらしい。それで知らない男のズボンがあるのを見て、ぼくが新しい男と勘違いされた次第。まあ、ズボン脱いであったら疑われるのも仕方ないのですが、どう説明しても何もなかったのだと信じてくれません。彼から何度も電話やメールが来てうんざりしたので着信拒否して、それっきり彼女にも連絡しませんでした。

ズボンは結局捨てられたのでしょうか。手元に届くことはなく、彼女からお詫びの一言もありませんでした。きっと彼女もぼくを家に上げたことで怒られたのでしょう。また、仕事でも寝不足だったせいか、簡単な作業でミスをしてしまい踏んだり蹴ったりでした。まあ子供を病院に連れて行けたのはよかったと自分を慰めた次第。

それが今までの人生でたった一度したナンパの顛末であります。

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