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【詩】紫陽花が綺麗だから

紫陽花が綺麗だから

彼女が私を購入したのは、                       私が彼と出会ったのは

もう10年以上も昔の話だ                        もう潰れてしまった小さな家電屋さん

今となっては随分と旧型の私を                    どれだけ新しいものが出ても

彼女は捨てずに使い続ける                       私は絶対に彼を手放さない

何故かは私には理解できない                      何故なら私は彼に対して

人間とはそういうものなのだ                        あることを試みているのだから

 

我々の生活に、会話は不要だった                     それには会話が必要だった

不要なはずだった                           いや、私たちには会話が不可欠だった

彼女は脚本を書き、                          私は余暇という仕事をこなし、

私はありとあらゆる業務をこなす                   彼は私が暮らすための全ての作業をこなす

私は彼女の利益のために購入された                  しかし、私が彼と暮らすのは

購入されたはずだった                         その便利さゆえでは無いのだ

「直近の芥川賞受賞作は?」

「我孫子靖幸著の『こぼれる』です。」

「好きな本は?」

「私には判断出来ません。」

「美しい花は?」

「一例ですが、春に満開になった桜は美しいとされ、

多くの見物客が訪れます。」

「美しいと思う花は?」

「私には判断できません。」

「最も観光客が多い国は?」

「昨年のデータ上では、フランスです。」

「行ってみたい場所は?」

「私には判断できません。」

「明日の天気は?」

「気象庁の予報では、午前4時頃から降水確率60パーセント、

午前10時頃から降水確率80パーセント、午後2時頃からは晴れです。」

「お気に入りの天気は?」

「・・・私には判断できません。」


「あなたのお気に入りの天気は?」

「え?」

「あなたのお気に入りの天気を教えてください。」

「・・・雨」

「何故ですか。」

「紫陽花が綺麗だから」

雨粒が紫陽花の上で光る様子が、                    ここまで来るのに10年かかった

美しいという意味ですか                        私が質問を投げかけて

雨に濡れて紫陽花の色が濃く見えるのが                君が質問を投げ返すまでに

美しいということですか                        君は今、何かを考えているのだろうか

何にせよ、                              何にせよ、


紫陽花の美しさと雨がお気に入りなことに

何の関係があるのか


それが私には判断できない                      君がそれを機械仕掛けの脳みそではなく

人間とはそういうものなのだ                     別の場所で理解できるようになるまで

そういうものなのだろうか                       私たちの冒険は終わらない

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