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『坂東玉三郎 特別公演 壇浦兜軍記~阿古屋』の話

どうも、私です。
今日は、「本当の意味で息を呑んだ話」をします。


あの瞬間、全ての時間が止まった気がする。


お付き合い下さい。

ある日。
例によって、私達はある知らせに絶叫していた。
姉、私「阿古屋だーーーーー!!!!!」


『坂東玉三郎 特別公演 壇浦兜軍記~阿古屋』


京都南座での特別公演。
ポスターには、孔雀が印象的な阿古屋の衣装を纏った玉三郎さんが凛とした表情を浮かべて写っていた。

阿古屋は、女方の大役。
2018年の『十二月大歌舞伎』で中村児太郎さん、中村梅枝さん(現・中村時蔵さん)と玉三郎さんの3人で阿古屋を演じるまでは、玉三郎さんしか演じることが出来ない、と言われていた。

その阿古屋が見られると知り、
「1度でいいから、玉三郎さんの阿古屋が見たい!」
と言っていた姉は、とても喜んでいた。

姉「このチャンスを絶対逃すわけにはいかん!」

私「私も見たい!」

母「お母さんも!」

と恒例のやり取りをし、チケットの販売が開始されると、姉は、

姉「いったれや!!!!!」

と花道のすぐ横の席を確保した。

今回の演目で、阿古屋は花道から登場する。


つまり、私達のすぐ横を玉三郎さんが通るのだ。

死にそう(?)。


迎えた当日。
南座は、この公演を楽しみに来たお客さん達で溢れ、思い思いに記念撮影をしていた。

姉「花道との距離、おかしいやろ(?)」

私「死んじゃう、死んじゃう(?)」

母「本当に、すぐ横を通るやん(?)」

自分達で相談して決めた席なのに、いざ席に着くと花道とほぼゼロ距離だったので、私達は困惑した。そして小さな会議を開いた後、花道から母、私、姉の順番で席に着いた。

母「私が鼻血出したら、むぎが止めてね(?)」

私「分かった。私が鼻血出したら、お姉ちゃん頼んだ(?)」

姉「そうなったら、私は鼻血を出さずに耐えるしかない(?)」

私「大丈夫。お隣さんが止めてくれる(?)」

姉「なら、よかった(?)」

全然良くはないし、何を言っているのかも意味不明なことを言い合いながら、幕が開くのを待っていると、拍子木の音が響いて、幕の向こうには玉三郎さんがいた。


※ここからはネタバレになります。ご注意下さい。


  • 玉三郎さんが語る思い出

玉三郎さん「皆様、本日は『坂東玉三郎 特別公演』にお越し頂き、ありがとうございます。坂東玉三郎でございます」

拍手を受け、玉三郎さんは挨拶を続けた。

玉三郎さん「本日は、『壇浦兜軍記~阿古屋』を皆様にご覧頂こうと思いますが、私にとって阿古屋は20数年前に初めて、中村歌右衛門先輩に教わり演じた、大変大きな役ですので、思い出も沢山ございます。ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、阿古屋は大変豪華な衣装で登場致します。その話になった際、歌右衛門先輩からこう言われました」


歌右衛門さん「阿古屋のあの衣装を着て演じた後、劇場の外を私服で歩いてごらん。何とも言えない照れ臭くなるような恥ずかしくなるような空気が流れるよ」


玉三郎さん「言われた当初は意味が分からなかったんですが、演じているうちに身に染みて感じました。あの衣装を着た後、私服で外を歩くときの何とも言えない空気は凄かったです。笑」

と今回演じる阿古屋の思い出を語る玉三郎さんの言葉は、ユーモアがあって、客席は拍手と笑い声で溢れた。

玉三郎さん「また、私が南座の舞台に顔見世興行で初めて立ったとき、『京人形』という公演の最後を飾る演目に出演していました。当時、午前10時30分開演、午後23時終演という大変長い公演でしたので、初日の『京人形』は他の演目がおしにおしたのもあって、残念ながら上演されず、その日は午後23時30分終演。私は舞台に上がることなく、準備だけして帰ったという今では考えられないことが起こったこともありました。笑 そういったスケジュールでしたから、早く帰って、お風呂に入って、眠らなければ、明日の準備もままならないという…。笑 今では、いい思い出です。笑」

姉「そんなことある!?」

私「えーーーーー!?」

母「初日だったのに!?」

驚きと笑い声に包まれる中、玉三郎さんも懐かしそうに笑った。

玉三郎さん「また、仁左衛門のお兄さんと共演したときは、ちょうど『大文字の送り火』の時期でして。2人で」


仁左衛門さん「お客様、見に来えへんやろ。今日は」

玉三郎さん「そうね」


玉三郎さん「とやり取りしていましたら、休演になりまして。仁左衛門のお兄さんも私も、ホテルの部屋から『大文字の送り火』を見ることが出来ました。笑」

姉「見られて良かった。笑」

私「仁左衛門のお兄さん……」

姉「きっと、2人で『大文字の送り火』を見たんだよ」

姉、私「くぅーーーーー!!!!!」

母「あ、お姉ちゃんとむぎの様子がおかしい」

と思わぬトラブルや思い出を語った後、玉三郎さんはこう締めくくった。

玉三郎さん「皆様もお持ちかと思いますが、最近はとても技術が発展して、お手元の機械で、誰とでもすぐ連絡が取れるし、誰に聞かなくても調べることが出来ます。街を歩けば、ありとあらゆる場所に監視カメラがあって、悪いことをする人はすぐに捕まるようになっております。そんな便利な世の中ですから、今日のこの日、このときだけは、私も皆様も現実から離れて、歌舞伎という日本の伝統芸能を楽しむことが出来れば幸いに思います」

最初からそう言って、締めくくるつもりだったのかもしれない。
でも私は、昨今の観劇マナーの悪さに、玉三郎さんが一言申したように思った。

歌舞伎だけではなく、様々な演劇・芸術鑑賞において、最近、観劇・鑑賞マナーが悪いと聞いたことがある。
あまり言いたくないが、私自身も、過去に観劇した際に、客席で携帯電話の通知音が鳴り響いたことがあったし、この日も玉三郎さんの口上中に通知音が鳴った。


良くないよ、本当に。


そして、片岡千次郎さんによる『壇浦兜軍記~阿古屋』の解説が行われた後、幕間を挟み、再び、幕が上がった。


  • 壇浦兜軍記~阿古屋

今回の演目、『壇浦兜軍記』は、元々、人形浄瑠璃として上演されていたもの。
それを歌舞伎にアレンジをし、『阿古屋琴責(あこやことぜめ)』と呼ばれる場面が演じられるのが、今回の『壇浦兜軍記~阿古屋』だ。

平家の武将、景清を追う、源氏方の秩父庄司重忠(中村吉之丞さん)と補佐役・岩永左衛門致連(片岡千次郎さん)は、景清の行方を問いただそうと京都の堀川御所にて、景清の愛人である遊君・阿古屋(坂東玉三郎さん)を捕らえ、拷問しようと企てる。
そこへ、榛沢六郎成清(坂東功一さん)が、登場。

榛沢「阿古屋を捕らえました」

重忠「ここへ」

命を受け、捕手達に連れられて阿古屋が花道から登場。

先述した通り、私達の席と花道はほぼゼロ距離なので、手を伸ばせば触れられそうな距離を捕手達に連れられて、阿古屋が花魁の正装と呼ばれる、豪華な衣装で登場。


この瞬間、私達はその美しさに息を呑んだ。


え、玉三郎さんって実在するんだ(?)

え、本物?(?)


と私は、その衣装を、玉三郎さんの表情を、食い入るように見つめた。


あの数秒間、客席全体が玉三郎さんの美しさに息を呑んだと思うし、時間が止まったように思う。


岩永左衛門は、登場した阿古屋に対し、

岩永左衛門「お前を拷問にかけて、景清の居場所を吐かせるからな!」

と怒りの表情を見せるのだが、岩永左衛門の台詞は全て、義太夫さんが読み上げ、岩永左衛門を演じている千次郎さんは、人形遣い(片岡愛三朗さん・片岡佑次郎さん)の動きに連動した人形振りを見せている。


ここ、進研ゼミで習ったところだ!
(↓進研ゼミは、こちら)


重忠「そんなことはせずとも、義理と人情が売りの遊君だ。そう簡単に白状はしないだろう。しかし、ここは景清の居場所を白状した方が良いと私は思うが?」

と岩永左衛門を抑え、問いただす重忠に、阿古屋は、

阿古屋「知らないものは、知りません」

ときっぱり答えた。すると、重忠は、

重忠「責め道具を」

と指示。運ばれてきたのは、琴、三味線、胡弓だった。

重忠「まずは、琴を弾いて聞かせなさい」

阿古屋「はい」

言われるまま、阿古屋は琴を弾きながら、景清のことは知らない、と唄った。

その美しい琴の音色と唄に、私達は聞き入った。

重忠「なるほど。では、お前達はどうして知り合った?その馴れ初めを聞かせなさい」

阿古屋「景清様は、清水寺の観音様を信仰していて、毎日参詣していたんです。その行き帰りに通るのが、私がいる五條坂でして……。ふとした出会いから、今日に至ります。でも、源氏と平家による合戦に景清様が出陣して以降は、お会いしておりません」

重忠「そうか。では、三味線を弾いて聞かせなさい」

阿古屋「はい」

今度は三味線を弾きながら、帝の寵愛を失った中国の官女の故事に由来する謡曲『班女』の歌詞を唄う阿古屋。彼女自身にも重なる部分もある歌詞を、重忠は静かに聞いた。


岩永左衛門は、退屈そうに欠伸をしていたけど←


重忠「都に潜入した景清に、会っていただろう?」

阿古屋「いいえ。平家全盛であったときでさえ、人目を憚っていたほどです。最後に会ったのは、私が勤める店の格子先を景清様が通りかかったとき。言葉も交わしませんでした」

と恋人を想い、項垂れる阿古屋に、重忠は命じた。

重忠「最後だ。胡弓を弾いて聞かせなさい」

阿古屋「はい」

胡弓を弾きながら、景清との恋の終わりを唄う阿古屋。
重忠はやはり静かに聞いていたのだが、岩永左衛門は火箸を使って胡弓を弾く振りをしてふざけた挙句、火傷して、客席から笑い声が起こった。


真面目に聞かないから、そうなるんだよ←


演奏が終わり、重忠は阿古屋を見て言った。

重忠「阿古屋、お前はこの場を去っていい」

岩永左衛門「え!?」

重忠「彼女は、景清については何も知らない。それは、琴、三味線、胡弓の演奏を聴けば明らかだ。女の心を見る拷問はこれで終わりだ」

岩永左衛門「しかs……」

重忠「榛沢、阿古屋を頼む」

榛沢「かしこまりました」

阿古屋「ありがとうございます」

と阿古屋が堀川御所を後にするところで、物語は終わった。



終演後。

姉「美しすぎる……」

私「玉三郎さんって人間なんだね……(?)」

姉「CG的なことだと、思っていたの!?笑」

私「だって、あんな距離で玉三郎さんを見たことがなかったから、実感が湧いているようで湧いていなかったのよ。玉三郎さん、天女だし(?)」

姉「確かに、天女だもんね(?)」

私「お母さん、どうだった?」

母「玉三郎さんが登場したとき、食い入るように見つめてしまった……」

姉「気持ちは、分かる」

母「絶対、アホみたいな顔して見ていた気がする……」

姉「それは、そうかもね。笑」

私「私は、アホみたいな顔をしていた自覚ある」

姉「あるんかい。笑」

私「だって、衣装も玉三郎さん自身も綺麗だったんだもん」

姉「そうだよな……」

母「お姉ちゃんは、阿古屋見たかったから、見られてよかったね」

姉「それ!マジで良かった!!!!!」

私「大声!笑」

姉は、大きなため息を吐き、頭を抱えて言った。


これって、夢?(?)

だとしたら壮大すぎるけど、多分夢だね(?)



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