「白い皿」 9月

「白い皿」 9月


夜の「白い皿」は
7時半からの始まりで
今迄の夜の「白い皿」を考えてみても
今まで出た限りでは
ずっと暖炉に火がついていて
それは夏でもついていて
先月も今この時もついていて
暑いはずなのに.....
暗闇の中で見る炎は心地良く
焦げ付いていく肉の匂いに
芳香のブランディーの香りに
(何処かで悲鳴を聞いているような中)
部屋のもつ影のように静かな笑み慕う
黒い笑いは
いつも何処かマヒしてるようでいて
赤い飲みのある物が
いつも喉を通るたびに
私に渇望させるような物足りなさを感じさせ
おなかにはもう
十分すぎる程の量が
入っているにもかかわらず
しだいに
しがみついてくるような肉の味わいに
食を進ませ
通常では考えられぬ程の量が
私の中に入ってゆくのを
止められないまま
いつも
もう一品、もう一品と
望みながらも
口にする終末の皿は甘く
食事を終えた私達は
暖炉の前のソファで足を投げ出しながら
口にする香り高いリキュールの暖かさや
他人の微かに漂う木苺の甘い香り
洋梨の豊かな香りに
混じる琥珀色の苦む香りの中
笑み慕う黒い笑いに
紫煙の揺らぎ
談笑はいつも心地よく....


旅行に戻ってからの私は、友人達とレストランに行ったり、バーベキューや夏の夜空を彩る花火を見に行ったりしていた。

暦の上では、夏がとうに過ぎたと言っても、暑さからまだ夏と思っていたのに、昼夜問わずに聞こえだしている虫の音に秋を思いながら、夜だと言うのに響くセミの鳴く音は、何処か悲しいように聞こえ、私はお店のウインドウや電車の硝子に映る自分や、歩道を渡ろうとする時、改札口を通っている時や、何気ない日常のささいな行動のそんな時に、私は何を考えて思うのか、気づくと熱く燃える炎の中と思ったり、見えているように思う映像に、業火の中と思ったり、記憶の底を探るような陰鬱な空を持つ森や谷底の深い山合い、泣いている子供の、そんな映像に少し心捕われる所があった。

友人と日中会えば、ちょうど日のさす方向に向かって歩きながら、日差しの暑さから、この暑さ10月半ばまで続くのかなと話し、その日家に帰ると誰もいなかった。
弟は、今日友達のところに泊まると言っていた。
父と母は何処かに出かけ遅くなっているだけなのか、妹は遅いだけなのか、いつも誰かかしらいる家は静かで、私は食べたりなさから軽く何か食べようと、リビングから台所に向かう途中、クーラーをつけ、冷蔵庫開け、残っているワインを取り出しグラスに注ぎ、ワインを口にしながら、ソファーに腰をおろし廊下の明かりがついたままの暗い部屋の中、TVをつけ、チャンネルを変え続け、テレビの横の棚に本と一緒に置いてある香水に、あぁここにと思い、今まで気づかなかったなと、なんとなく立ち上がり棚にいって、私はその香水瓶を拾い上げるかのように手に取り、昼の「白い皿」に行きだしてからつけなくなって、母がつけないなら頂戴、
その香水瓶がステキだから欲しいわと言われ、
母に渡してもう大分経っていた。

私は懐かしいように蓋を外し、その香りはあいかわらず無数の羽根で顔を撫で上げるような香りで、迷妄とした迷いを思わせるような所があった。(※1)
その香水瓶の形は、私には玉座を与えられた美しい鳥を思わせる物で、ガラスの冷たさを持つ香水瓶は暖かく、それはガラスに移った手の温もりであることを十分にわかってはいても、それは鳥の息づくような暖かさを思わせ、手の中で美しい鳥が静かに眠っているかのように見え、湖水(コスイ)の青さの色を持つ蓋は王冠のように思え、私は急に手の中の硝子瓶の温もりが、使っている時は思わなかったけれど、昔飼っていた小鳥を思い出していた。拾い上げたはビーは暖かくて柔らかくて、でも力が抜けていて、鳴き声がした時すぐに行っていればと思った。こんな事にならなかったと思った。(いつも鳴き声がギャーギャーして行ってみると、なんともなくて、いつもと同じと思ってすぐに行かなかった)。
でも、それは後で思った事で.... 。

漂ってくる香りは、
今の私にはただの甘い香りでしかなく... 、鏡の下敷きになっていたビー、あの時私が思ったことは、ごめんなさいじゃなくて(お願いだから)、目を覚まして欲しいという事を、思い出していた。

その日の夜、気づくと煌々とした明るさの中で目が覚めた。時計を見ると1時を過ぎていて、
ついうっかりそのまま寝てしまったようで、明日は会社で早く行かないといけないのにと思いながら、ため息をつきながら、なんとなくカーテンを開けると空には月が浮いていて、三日月よりも細い薄く笑ったような月に、反芻しはじめていた。

ディナーに行って楽しいのは料理だけではなかった。みんなのジュエリーも楽しみのひとつで、私はディナーでの彼女達の手元や耳元等を思い出しながら、舌に押しつける重厚な肉を、何度でも舌に押しつけ、血の塊のようなレアのステーキの肉のもつ柔らかさに、少し開いた口から舌に親指を押し当てていて、少し空腹を募らせていた。

最初は、みんなどんな服を着てくるのかなと思っていた。胸元やアームのでている服で、夜の「白い皿」の待ち合い室には、椅子や鏡やフィティング室があって、そこで服を着替えたりする人や、メイクをしなおしたり、みんなで喋るそのひとときは楽しく、いつも髪を綺麗にセットしてくる人の指には、いつもクラシカルなリボンモチーフの指輪で、それはプラチナの輝きをみせながら、メレダイヤがズラッとセットされ双子星のような2つの大粒の黒真珠がリボンの輪に置かれた指輪は、待合室で見ていた時は甘辛な上品な指輪に魅とれていた。ディナーが進み出すごとに、血を舐め上げるような咆哮を抑えつけ、手元の明るさをみせる蝋燭の灯りの中、大粒の黒真珠は、海の底を泳いでいる深海魚の目のようでいて、また別のボリュームのある胸の上に置かれた、ダイヤで縁取られた大きなハート型のピンクの石は可愛いらしく.... 、喉奥からよだれが出そうな程にしがみついてくるような肉のうまみに血赤な生き物を思わないではなく、そう目は他人の皿にとへばりつきながらも、彼女が食べる度に隆起する胸の谷間に、イケニエにされ谷から吊り下ろされた乙女のように見えていた事を思い出し、また1度だけ、とても色白の人が、肩あきの白いドレスに白のウィッグをつけ、甘いメイクを施し、華奢な天使のような姿は全員が黒い服の中、異彩を放っていた、でも食事をするたびに、両手の全部の指につけられたデザイン取り取りの赤い指輪にラッカーのような赤い爪の指に血のついた蜘蛛ようにみえていて、食事が進むごとに、私達の目は皿へとへばりつき、腹わたを満たす血を舐めるような味わいを思い出しては、私は段々と目が冴えていった。


 


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