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天気予定局でバイト

 友人の桑田孝夫とは、旅先の沖縄でいったん別れる。それぞれ、船で行きたい島へと渡ることにした。

 南方の海に浮かぶミャーク島に遊びに行った際、現地のシャーマンにアルバイトをしないかと誘われる。
「どこの寒村もそうじゃろうがな」年老いたシャーマンは語った。「ここミャーク島でも、年々人が減っておってな。特に若い衆などは都会になんぞ憧れて、どんどん島を出ていきおる。おかげで、働き手が足らんでのう」
「はあ、それはお困りでしょうね」わたしは心から気の毒に思う。
「おまいさん、どうじゃ、ちっとこの島でバイトなどしていかんか?」
「ええ、短期ならかまいませんけど」
「助かるわい。じゃあ、さっそく手伝ってもらうとしようかのう」ほっとした顔でうなずくと、わたしについてくるよう言った。

 ジャングルを分け入って、島のほぼ中央へとやって来る。東京ドームほどの広い敷地に、煙突のような物が4、50本ばかりそびえていた。ざっと目星をつけても、300メートルほどの高さがある。
「なんですか、この塔は?」わたしは見上げながら聞いた。
「ここは天気予定局じゃよ」シャーマンが答える。「これらの筒は、様々な天気を操るための制御棒じゃ」
「天気って、この島で操作してるんですか?」
「さよう。例えば、あの筒は雨を、向こうのは雷、そしてこっちのは風、という具合にな」

 わたしは風の筒に近づいて、よく眺めてみた。大人が3人輪になれば、ぐるっと囲んで手をつなげるほどの太さだ。
 根元には大きなハンドルやレバー、いくつものボタンが並んでいる。
「そのレバーを引くと、次第に風力が強くなる。ハンドルで、風の吹く向きを変えられるんじゃ」
「面白そうですね」なんだか興味が湧いてきた。
「おまいさんには、風と雨を操作してしてもらおうかの。わしの言う通りに動かせばええ。簡単なことじゃよ」
「はい、わかりました。任せてください」わたしは自信を持って請け負う。

 シャーマンはバインダーを開きながら、ぶつぶつとつぶやいた。
「ふむふむ、ヨーロッパは曇りのち雨、アメリカは晴れときどき曇り、アフリカは今日も雲ひとつない快晴、ただし、西からの強風……」
「それって、天気の計画表ですか?」
「そうじゃ。各国政府からの要請を元に、天気ダイヤを組んでおる。さて、おまいさん、準備はいいかな? では、風の筒に行って、レバーを3.7の目盛りまで引き、ハンドルは2:50の方向に回しとくれ」
「りょーかいっ!」わたしは大きな声で返事をし、風の筒を操作した。上空で、ポーッと汽笛のような音が鳴り響く。

「次は雨じゃ。レバー1.7、ハンドル2:45!」
 わたしは雨の筒へ駆けていった。
「アイアイサーッ!」上空にもくもくと雨雲が湧き、雨がザーっと降りだした。
 その雨も、風に乗って北へと流されていく。夕方の沖縄へと到着し、明け方には関東平野をしっとりと濡らすのだろう。その雨風をもたらしたのがこのわたしだとは、よもや誰も気づくまい。
 なんだか、愉快になってくる。

「おまいさん、筋がええのう」シャーマンがねぎらいの言葉をかけてくれた。「前に手伝うてもらった奴めは、ちいっともわしの話を聞かんかった。おかげで、えらい目に遭うたわい」
 わたしは器用なほうではなかったが、それ以上に使えないのがいたのか。
「へえー、何をしでかしたんですか?」
「レバーの加減も考えんと、目いっぱい引きおってな、動かさんでもええといっとるのに、ハンドルを面舵いっぱい回しよる」憤まんやるかたない様子で吐き出す。「そのときこさえちまった台風は、それはもう、凄まじいもんだった。おまいさんも、ニュースで観たじゃろ。ほれ、一昨日のあれじゃ」

 数年ぶりの大型台風とのことで、列島中が大騒ぎになっていたっけ。台風って、運転ミスで発生するものだったのか……。
「とんでもない奴ですね。どんな顔か見てみたいもんです」とわたし。
「そうじゃなあ、ぼさぼさ頭をした、図体ばかり大きい男じゃ。見るからに間抜けそうな面をしておったがのう」
 まさか、あいつかなあ。雨雲のように不安が広がってきた。
「なんて名前でした?」一応、伺ってみる。
「たしか、桑田とかいっとったのう」

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