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カボチャの歌

 お椀を伏せたような、どこもかしこも真っ黒山々。突き出した岩も、落ちている石も、ぼしょぼしょと生える草までもが、消し炭のように黒い。ところどころに立つ木は葉1枚なく、まるで影絵の描き割りそっくり。そんな山を、わたしはてくてくと登っていた。
 すべてが黒いものだから、雲1つない空から降り注ぐ太陽の光はすっかり吸収されてしまう。
 思い出したように道標が立っている。

 〔コンサート会場まで、あと500米〕

「もうちょっとだ。やっと、目的地に到着する」わたしは心のなかで安堵した。
 山のてっぺんにある会場でこの日、わたしは歌を披露することになっていたのだ。

 頂上に着いてみると、真っ黒い原っぱの真ん中に、雪花石膏でできた大きなコンサート・ホールが建っていた。白亜の殿堂は、昼と夜が同時に訪れたかのような、謎めいたコントラストを作りだしている。
 噴水のある中庭へ足を踏み入れると、タキシードに身を包んだ背の高い人物が現れた。首の上には、目鼻、口をくり抜いた、緑色のカボチャが載っている。
「お待ちしておりました、むぅにぃ様。さぁ、中へお入り下さい」カボチャ頭の紳士はうやうやしく一礼し、わたしを招き入れた。くり抜かれた目の奥が、ちらっと見える。どこまでも黒く、底が知れなかった。

 小さいけれどこざっぱりとした控え室で、わたしは身支度をととのえる。
 衣装棚を開けてみると、ビロードのマントが数着並べられていた。青や緑、赤とそろっていたけれど、どれもほとんど黒といっていいほど濃い色をしている。
「やっぱりブルー・ベルベットかなぁ」わたしは濃い青のマントを取って、はおる。滑らかな肌ざわりが心地よかった。
 
 壁を通して、出演者の歌がかすかに聞こえてくる。順が来れば、スタッフがやって来てドアをノックするはずだ。
 いまさらながら、自分が緊張していることに気付く。
 うまく歌えなかったらどうしよう。途中で歌詞を忘れたり、つっかえたりしたら?
「ううん、この日のためにさんざん練習したじゃん。きっとちゃんと、最後まで歌える」
 声に出して、そう自分に言い聞かせるのだが、意識をするほどますます不安になっていく。

 コンコン、と戸を叩く音がした。ああ、ついにわたしの番が回ってきたのだ。
「はい……」少し震える声で返事をする。
「むぅにぃ様、そろそろ順番でございます。舞台の袖にお入りください」カボチャ頭のスタッフが言った。さっき出迎えてくれた者とは、くり抜かれた目鼻の形が異なるので、別人だとわかる。パカッと開いた大きな口の向こうは、やっぱり虚空のように暗かった。顎にくっついた種が、このカボチャ人間の個性を表している気がした。
「あ、はい。すぐに行きます」わたしはマントを見直し、糸くず1本、ほこり1つないことを確かめる。

「それでは、エントリー・ナンバー21番、むぅにぃさん、ご登場願います!」
 名前を呼ばれ、わたしは暗い舞台袖からまぶしいステージへと歩いていく。
「むぅにぃです。『秋といえばやっぱりカボチャ』を歌います」わたしはマイクに向かって声を絞り出した。「あきもふかまるぅ、とつきとおか~、よいよい、はぁ、よいよい。あれに見~えるは、かぁ~ぼちゃじゃないかぁ~」
 目が慣れるにしたい、薄暗い観客席がだんだんと見えてくる。
 隅から隅まで席が埋まっていた。どの客も、オレンジ色をしたパンプキン頭である。
「かぼちゃ~、それはぁ~あきのしゅうかくぅ~ううぅ……」
 歌いながら、(なんだ、カボチャが相手じゃん。これっぽっちも緊張する必要なんかなかったなぁ)
 わたしの心は、ようやく落ち着きを取り戻した。

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