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幽霊にインタヴュー

 昼下がりの音楽室に、ポロンとピアノの音が響いた。
「いらっしゃい。夏休みに入ってからというもの、誰も出入りがなくって、退屈をしていたんです」女性はこちらに向き直り、そう言った。じっとしているだけでも暑いこの季節に、厚手の長袖ニットを着込んでいる。体が透けて、向こう側がうっすらと見えていた。
 ここは、都内でも「出る」と評判の小学校。不思議好きの友人、志茂田ともると、幽霊にインタヴューを求めてやって来たのだ。
「はじめまして、志茂田と申します。こちらは、むぅにぃ。本日は、よろしくお願いします」志茂田は一礼をすると、イスをピアノの方へ寄せた。

「なんでも聞いてちょうだい。答えられることなら、できるだけのことはお話ししますから。あ、録音はかまわないけれど、写真は遠慮してください。生前の知り合いに迷惑がかかるといけないから」と女性の幽霊はあらかじめ断りを入れる。
「わかりました。では、まずお聞きしますが、亡くなられる前は何をなさっていたんですか?」
「この学校の教師をしてました。音楽の先生ね」証明してみせるかのように、「アラベスク第1番」のさわりを弾いてみせた。

「なるほど。あの、こんな質問はぶしつけかと思いますが、よろしければ、死因などを……。事故か何かでしょうか?」
「そう、事故だったんです。帰り際に、階段で足を滑らせちゃって。自分の不注意だから、しょうがないわよね。わたしって、子どもの頃からおっちょこちょいだったから」
 尻もちでもついたように言った。さも、おかしそうに笑うものだから、わたし達までつい一緒に笑ってしまう。すぐに、それが元で亡くなったことを思い出し、慌てて真顔に戻る。
「いいんですよ、別に気にしなくたって。ほんと、誰のせいでもないんだし。ちなみに、あれは34年前の冬でした。だから、ほら。着ているのは冬物でしょ」

「むぅにぃ君、あなたも何かたずねてみたいんじゃありませんか?」志茂田がわたしに振った。
 ちょっと考えて、こんな質問をしてみる。
「幽霊って、よく学校に出ますよね。それって、何か理由でもあるんでしょうか? 墓地で見かけたって話、意外と少ないんですが」
「あら、そんなに不思議なことかしら?」幽霊は肩をすくめてみせた。「あなたがもし――もしもよ、もしもっ――、死んで幽霊になったとするわね。好きこのんで、あんな寂しくて薄気味の悪い場所になんか行きます? やっぱ、にぎやかで楽しい所で過ごしたいじゃない。そうでしょ?」
 言われてみれば確かにそうだった。自分の骨が収められているそばになど、できれば居たくなどない。

「最後にお伺いしますが」志茂田は膝を揃えてかしこまった。
「どうぞ」
「これまでのご様子から、この世にあまり未練はなさそうなのですが、なぜ成仏せず、音楽室にとどまってらっしゃるのでしょうか」
「ああ、またその質問ですか。みんな、同じことを聞いてくるんですよね。でもいいわ、お答えします。簡単なことだわ。向こうに行ったって、することないのよね」主和音を、C、F、G、Cと鳴らす。いかにも退屈なコード進行だ。
「何も……ですか?」志茂田はぽかんとした顔で聞き返した。
「そう、なあんにもっ。『生まれ変わり申込書』に、希望を箇条書きにして出すんですけど、あんまり高望みしすぎると、いつまでたっても幽霊のまま。ビル・ゲイツなんて、千年も前に届けを出して、やっとこ65年前に受理されたんですよ。しかも、一旦提出した書類は訂正が利かないんです。だから、待つよりほかないわよね。それなら、向こうにいたたって、こっちにいたって、同じことじゃないですか」

 生まれ変わる、ってそういうシステムだったのか。
 平凡な人生ほど、早く地上に降りてこられる。けれど、せっかくの人生、面白おかしく生きていきたい。
 そうなると、今度は待ち時間が長くなる。
 うーん、世の中、甘くはないなあ。あの世もだけれど……。

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