14.ロファニーとベリオス

 伝説の魔法使いが2人とも見つかって、ゼルジー達は一安心した。あとは魔王ロードンを探し出し、対決するだけである。
「今日は焦って冒険をする必要はないわね」リシアンが言った。
「ええ、こっちは5人揃ったんだし、いくら魔王がすべての元素魔法を使えるっていったって、人数が多いんだから負けるはずないわ」ゼルジーものんびり答える。
「ゆっくり朝ご飯を食べて、お昼には帰ってこられるね」考え深いパルナンでさえ、余裕のある表情を浮かべていた。
 テーブルに家族全員が着き、穏やかな朝食が始まる。
「あなた、今日は何時頃に出かけるの?」クレイアがダレンスに尋ねた。
「そうだなあ。10時過ぎに行けば、ちょうど向こうに着く頃だろう」
「あら、おじさん、今日はお仕事じゃないの?」ゼルジーはパンをちぎる手を止めた。
「今日は、ロファニーとベリオスがサマー・キャンプから戻ってくるの。だから、クルマで迎えに行くのよ」クレイアが言う。
「まあっ、今日だったわ。あたしったら、すっかり忘れてた!」リシアンは叫んだ。
「やっと会えるんだ」パルナンも思わず顔を上げる。ロファニーとベリオスは、しばしばロンダー・パステルへやって来ていた。そのため、パルナンとゼルジーにとって、兄のような存在なのだ。
「お昼頃には、みんなを連れて家に戻れるだろう。久しぶりに、賑やかな食事になるぞ」ダレンスは陽気に笑った。
「ぼくたち、それまでにちゃんと戻ってくるよ。今日は、さしあたって急ぐ用事もないんだ」その割りにはそわそわとするパルナン。
 食事を終えると、3人は森へ出かけた。
「さっさと魔王を倒してきましょう」ゼルジーが元気いっぱいに呼びかける。
「よーし、待ってろよ、魔王め」パルナンも、いつになく張り切っていた。

〔無事に「太古の森」から帰ってきたゼルジー、リシアン女王、パルナン、そして金と銀のローブの魔法使い。
「魔王はどこにいるんですか?」ゼルジーは金のローブの男に聞いた。
「あやつは『影の国』にいる。ロードンの作り上げた偽りの世界だ」
「『影の国』って、何番目の扉だったかしら」リシアン女王は思案する。
「何番目の扉でもないさ」こう答えたのは銀のローブの男だった。「そこはこの『木もれ日の王国』からは行けない、別世界だからな」
「じゃあ、どうやって行きゃあいいんだ」パルナンがかみつく。
「そこはだな――」〕

 ゼルジー達はしおしおとうろから出てきた。
「どこなのかしら、『影の国』って」リシアンは額にしわを寄せる。
「パル、あなたは知っている?」とゼルジー。
「ううん、ぼくだってわからないよ。『木もれ日の王国』から行けないんじゃ、どうしようもない。てっきり、どこかの扉の向こうかと思ったんだけど」
 3人は桜の木の根元に座り込んで、あれこれと意見を出し合った。けれど、いくら考えても解決の糸口さえ見つからない。
 そうこうしているうちに、昼も近くなった。
「とりあえず、家に戻りましょ。お昼を食べれば、何か思いつくかもしれないし」リシアンの提案に反対する理由もなく、行きとはうってかわって、力なく引き返していく一同。 庭にはストンプ家のクルマが駐まっていた。
「あら、おじさん、もう帰ってきたんだわ」ゼルジーが言う。
「お兄ちゃん達も戻ってるわね」
「早く行こうよ」パルナンは小走りになった。
 家に入ると、長男のロファニーとベリオスがテーブルに着いておしゃべりをしている。
「お兄ちゃん、お帰りなさい」リシアンが飛びつく勢いでロファニーのもとへ駆け寄った。
「やあ、リシアン。元気にしてたかい?」ロファニーはリシアンのほほに軽くキスをする。「パルナンにゼルジー、君たちも元気そうじゃないか」
「ロファニー兄さんもベリオス兄さんも、すっかり日に焼けてきたね」パルナンもテーブルに着いた。
「リシアン、毎日ずっと空想ごっこでもしていたんだろ」こうからかうのはベリオスだ。「ウィスターさんとこの森は、おまえのお気に入りだもんな」
「そうなの。わたしとリシー、それにパルで、毎日、空想の世界で冒険をしてたの」ゼルジーが答える。
「へえー。ゼルジーはともかく、パルナンも一緒だっていうのか?」ベリオスは意外そうな顔をした。
「うん。ぼくも、初めのうちはカブトムシ採りばっかりしてたんだけど、空想には別の面白さがあるって、気がついたんだ」
「リシーはね、これまでの冒険をノートに付けてるの。ねえ、ロファニー兄さん、よかったら読んでみない?」そうゼルジーがすすめる。
「よろこんで読ませてもらうよ」本を読むのが好きなロファニーは、おおいに興味を示した。
 リシアンは自分の部屋に取って返し、「木もれ日の王国物語」と書かれたノートを広げると今日の分を書き足す。それを持って、兄達の元へと戻ってきた。
「これよ。本当にたくさんの冒険をしてきたんだから」
 ロファニーはノートを受け取ると、さっそくページをめくり始めた。ときどき、ふんふんとかほお、などとうなずきながら。
「さあ、そろそろお昼にするわよ」クレイアがオーブンから、まるまると太ったチキンを取り出した。辺りはたちまち、こんがりと焼けた香ばしい匂いでいっぱいになる。
「今日は全員揃ったからな。楽しい食事になりそうだ」ダレンスも新聞を畳むと、テーブルに向き直った。
「なあ、ロファニー。先に飯を食っちまおうぜ。おれ、腹ぺこぺこなんだ」読むのに夢中なロファニーに、ベリオスが声をかける。
「うん……あと、ちょっとで読み終わるから」それでもロファニーはノートから目を離さない。クレイアは仕方ないわね、という顔をしながらも、チキンを切り分けてロファニーの前に置いた。
「お兄ちゃん、早く食べないと、わたしがもらっちゃうからね」リシアンに言われ、ようやくノートを置くロファニー。
 食事中は、サマー・キャンプのことで話が弾み、ずいぶんと賑やかなものとなった。同じ班の仲間が川に落ちて危うく溺れかけたこと、色も鮮やかな珍しい小鳥を見かけたこと、活き活きとした口調からこの数日間の楽しさがゼルジーにも伝わってくる。
「ベリオスときたらね、とうさん。同級生の女の子についに告白したんだ」ロファニーは最後に付け加えた。
「言うなって、兄貴。その場で振られちまったんだ。思い出したくもないよ」きまり悪そうに、フォークでチキンをサクッと刺すベリオス。
「なんであれ、事故もなく、無事にキャンプが終わってほっとしたよ」ダレンスはそう締めくくった。
「ロファニーはともかく、ベリオスは無茶をするからねえ」クレイアも同調してうなずく。「キャンプ・ファイヤーでやけどをしたり、山で道に迷ったりするんじゃないかって、気が気じゃなかったのよ」
 ベリオスは、さらに深くフォークを突き立てるのだった。
 昼ご飯が終わると、ロファニーは再びリシアンのノートを読み始める。すっかり読んでしまうと、
「おい、ベリオス。おまえも読んでみろよ。マンガなんかより、よっぽど面白いぞ」と勧めた。
「おれはいいよ。字ばっかじゃ、眠くなっちまう」
「だったら、わたしが話して聞かせてあげる」リシアンが申し出る。聞く分には面倒がないと思ったベリオスは、
「じゃあ、話してみ」とうながす。
 リシアンは話し始めた。ところどころで、ゼルジーやパルナンの説明を交えながら。
「で、そのあとはどうなるんだ?」ベリオスは知らず知らずのうちに、この物語に惹きつけられていた。「『影の国』へ行くんだろ? それはどこにあるんだい」
 リシアン、ゼルジー、パルナンは言葉に詰まってしまった。
「それが、ぼくらにもまだわからないんだ」パルナンが答える。
「ぼくも協力できないかな」そう言い出したのはロファニーだった。「君達は5人いるうちの3人の魔法使いなんだろう? ぼくもその1人として冒険がしたくなったよ」
 するとベリオスがすかさず、
「じゃあ、おれもやる。ほら、これで5人の魔法使いが全員揃うじゃねえか」
 パルナンははっとした。
「そうかっ、金と銀の魔法使い、誰かに似ているとずっと思ってたんだ。ロファニー兄さんとベリオス兄さんこそ、伝説の魔法使いだったんだ!」

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