15.川遊び

「そうか、そんなことになっていたんだね」ロファニーはリシアンから、ウィスターの森がなくなるという話を聞いて重々しくうなずいた。「道路ができると、この辺りもきっと騒がしくなるだろうね。静かな雰囲気が好きだったんだがなあ」
「おれは、ちっとぐらい賑やかなほうがいいな。それに、店がたくさんできて便利になるじゃねえか」こう歓迎するのはベリオスだ。町へ出るにも、父のクルマで送っていってもらわなければならないことに、以前から不満だったのだ。
「でも、あの桜の木を切られてしまうのは悲しいわ」ゼルジーはふうっと、溜め息をつく。
「うん、春には花がきれいに咲くそうだしね」パルナンも残念そうに言葉を継いだ。
「まあ、しょうがねえさ。1人息子のブレアスさんが都会に行っちまって、ウィスターさんも独りっきりなんだ。あの人も年だし、1人で農場と森を切り盛りするなんてできないしさ」ベリオスは顔を曇らせる。
「そうかもしれないわね。ウィスターさんのところにクッキーを持っていったとき、なんだか寂しそうだったもん」とリシアン。
「ともかく、森が立ち入り禁止になる前に、『木もれ日の王国』に光を取り戻したいね」パルナンがみんなに思い出させる。
「でも、『影の国』へはどうやって行けばいいのかしら」リシアンのこの問いに、誰も答えることができなかった。
 ベリオスはふいに、こう切り出す。
「すぐに思いつかないなら、考えたって仕方ない。どうだい、気晴らしに川へ魚獲りでも行かないか?」
「ああ、いいな。日も高くなり、暑くなってきたしね。ついでに、水浴びでもしてこようぜ」ロファニーは賛成した。
 ゼルジー達も同意し、全員、水着に着替えて杉林へと向かう。林を越えたところに、川が流れているのだ。
「わたし達、前にここで空想ごっこをしたわね」ゼルジーが懐かしそうに言った。ついこの間のことなのに、なんだか昔の出来事のような気がする。
「ええ、大冒険だったっけ。こーんな大きな魚が襲ってきたんですもの」リシアンは、両手をいっぱいに広げた。
「こんな浅い川に、そんなのいっこないよ」疑り深いパルナンが首を振る。
「いや、案外大きな魚がいるかも知れないよ、パルナン」ロファニーはそれとなく、リシアンの肩を持つ。「もっと川上だったけど、子どものころに1度だけ、大きな影を見たことがあるんだ。後にも先にも、それっきりだったけどね」
「よーし、おれがそいつをとっ捕まえてやる」ベリオスはジャブジャブと川の中へと入っていった。
 ロファニーとベリオス、それにパルナンは、夢中になって魚を探し回る。それらしい気配があれば、ベリオスがすかさず網を振るった。
「いまの時期、アユやイワナが多いんだ。塩焼きにしたり、ムニエルにすると旨いんだぜ」
「へえー、川魚なんてぼく、食べたことないや」とパルナン。
「獲ったら、かあさんにさばいてもらおうよ。身が締まっていて、脂ものっているだろうな」ロファニーも網を構えながら、川面に目を凝らす。
 いっぽう、ゼルジーとリシアンは、浅いところで水遊びをしていた。滑らかな岩の上に寝そべってみたり、互いに水をかけ合ったりと、いつかのはらはらした空想などとっくに忘れて楽しんでいる。
 そのとき、ゼルジーの目に1匹の魚が飛び込んできた。
「あらっ、大きな魚! いま、そこを泳いでいったわ」
「あれって、もしかして、まえにわたし達が見たものかしら」リシアンが記憶の糸をたぐりよせる。
 2人の声を聞いて、男の子達が集まってきた。
「どこ? おれに任せとけ。すぐに捕まえてやる」ベリオスは目の色を変えて辺りを探す。
 ぱしゃっと水が跳ね、銀色に輝く魚が姿を見せた。
「ウグイだね。かなり大きいよ」ロファニーも、口元をきりっと引き締める。
「ベリオス兄さん、そっち。そっちへ行ったよ」パルナンが叫んだ。川の中を裸足で駆けるベリオス。はたと立ち止まり、おもむろに網を振り下ろした。
「獲ったぞっ! 見ろ、こんなでっかいウグイ、初めてだ」
 その日の釣果は、クチボソ10匹、アユが5匹、イワナが3匹、そして40センチ近くもあるウグイ1匹という華々しいものだった。持ってきていたバケツの中で、ぎゅうぎゅうになって泳ぎ回っている。
「小魚はフライにするとして、アユとイワナは焼き魚かムニエルだな」ロファニーが言った。
「大きい魚はどうするの?」パルナンが聞く。
「めったに捕れないからなあ、食べちまうのは惜しいかも」ベリオスはバケツで跳ねるウグイを、じっと見つめた。
「だったら、庭の池に放したら?」こう提案したのはリシアンだ。
「そうよ、この魚、きっと川の主なんだわ。殺してしまうなんてかわいそうよ」ゼルジーもこれに同意した。
 ベリオスはうなずいて、女の子達の意見を聞き入れる。
 5人が家に戻ったのは、ちょうど昼時だった。ぷーんとシチューの煮える匂いがし、誰もが空腹だったことを思い出す。
 ベリオスが魚の入ったバケツをクレイアに差し出すと、
「まあっ、すごい収穫じゃないの! 夜は、さっそくこのお魚で料理を作るわね」と大喜びだった。
 着替えを済まし、ぞろぞろと居間に降りてくる子ども達。テーブルには、すでに皿が並べてある。ジャガイモと牛肉のたっぷり入ったシチュー、それと、朝に焼いたばかりのパンも置かれた。
「思いっきり遊んだから、わたしお腹ぺこぺこ」リシアンが言う。
「水遊びなんてプールでしかしたことがなかったから、とっても楽しかったわ。川の水があんなに冷たいだなんて、びっくりだわ。でも、けっこう運動になったのね。わたしも、お腹がすいて死にそう」ゼルジーもテーブルに着いた。
「死なれちゃ困るわね。さあさあ、食べてちょうだいな」クレイアは笑いながら言い、一同はスプーンを手に取るのだった。
 昼食が済むと、庭でいちばん背の高いニレの木の陰に集まって座る。大きく広がった枝と葉が、この猛烈な日差しを心地よくさえぎってくれた。
「面白かったわね、魚獲り」ゼルジーが誰にともなく話しかける。
「うん、ぼく、ロンダー・パステルに戻っても、絶対に忘れないな」パルナンの声は、まるで夢の中から漏れ出る溜め息のようだった。
「そっかあ、夏休みが終わったら、2人とも帰っちゃうんだったっけ」思い出したようにリシアンがぽつりと言う。
「それまでに、『木もれ日の王国』に平和を取り戻さなくちゃならないんだったね」ロファニーがそう切り出すと、誰もがくだんの問題を頭に浮かべ、しんとなった。
「『影の国』って、いったいどこにあるのかしら。そして、どうやったら行けるんだろう」リシアンは梢に顔を向ける。そこに、この答えが潜んでいやしないかとでもいうように。
「魔王は闇の支配者だからね、確かに『影の国』ってぴったりだとは思うんだけど、やっかいな展開になっちゃったなあ」パルナンは頭を掻いた。
「影なんて、どこにでもあるのになあ」ベリオスが言う。「例えばほら、この木陰だってそうだろ? おれ達、いままさに影の中にいるんだ」
 その言葉に、パルナンは思わず立ち上がった。
「そうかっ、そうだったんだ!」みんなのほうに向くと、目を輝かせながら話し出す。「ぼく達、難しく考えすぎていたんだ。『影の国』って、つまり影そのものの中にあるんだよ。全員が同じ影に入っているとき、その世界へ行けるんだ」
「それってつまり、ここのこと?」ゼルジーが尋ねた。
「そうさ。ぼく達、この瞬間にも『影の国』へ行けるってこと」
 なるほど、と全員がうなずく。
「魔王ロードンの住処へ、すぐにでも飛んでいけるわけか」ベリオスは納得した。
「だったら、早く行きましょうよ『影の国』へ」ゼルジーが急く。
「『木もれ日の国』と同じように、いったん日なたに出て、それから木陰に入りましょう。そのほうが雰囲気出るわ」リシアンも腰を上げた。
 5人はかあっと照りつける日差しのもとに立つと、リシアン、ゼルジー、パルナン、ベリオス、ロファニーの順に、ニレの木陰の中へと入っていく。
 そこは、紛れもなく「影の国」だった。

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